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侯爵はただそこで一羽の小さな鳥が暴れているだけであるかのように、食って掛かろうとする一人の青年のことを取るに足らない存在として眺めている。そして、大袈裟に呆れて見せた。
「サンドール子爵代理、従者のことはしっかりと手懐けておくべきだ。他の貴族を噛むような……否、嘴で突くようなことがないようにな」
「……よ、よく言っておきます」
リオンにガラスの靴を持たせると、侯爵は部屋を出て行ってしまった。後ろ姿に向かってアンブロワーズは舌打ちをする。
「クソジジイ……」
「ねえ。このガラスの靴、私の物で合っているのかな」
「えぇ! それはもちろん! 俺が丹精込めて作った貴方のためのガラスの靴です。見間違えることなどありません。あぁ、オール侯爵の元に渡っていただなんて……。貴方の元にこの靴が戻って来て本当によかったです」
アンブロワーズは愛おしそうにガラスの靴を撫で、リオンのことも撫でた。リオンはその手を優しく振り払う。
「さぁ、俺のかわいい灰かぶり。そのガラスの靴を持って王宮へ戻りなさい。貴方の王女様が待っていますよ」
「君は一緒に戻らないのか」
「俺は王宮の馬を借りて来たので。シトルイユの後を同じ速さで走らせるわけにはいきませんから。リオンは先に戻っていてください。大丈夫、屋敷に残ってあのジジイをどうにかするとかそういうことはしませんから」
「……本当に?」
「分かりました。そんなに心配なら門を出るところまで一緒に行きましょう」
リオンとアンブロワーズが部屋を出ると、使用人達への説明を終えたらしいドミニクと鉢合わせた。
ドミニクはクロードを連れており、廊下の向こう側を一度見てからリオン達の方を見た。部屋に侯爵の姿はなく、リオンの手にはガラスの靴がある。状況を確認して、ドミニクはほっと胸を撫で下ろした。
「父とそこですれ違ったのでどうなったのかと思ったんですが、靴は手にできたようですね」
「はい、一応。ドミニク様、我々は王宮へ戻ります。お騒がせして申し訳ありませんでした」
「そんな、謝らないでください。元はと言えば父が色々策略を巡らそうとしたからでしょうし……」
ドミニクは廊下の端に寄った。クロードもそれに倣う。
「リオン様、シャルロット様のところへ行ってあげてください。きっと貴方の帰りを待っていますから」
リオンはドミニクに一礼をしてからその場を立ち去る。ドミニクのおかげか、屋敷の外に出るまでの間に不審者呼ばわりして来る使用人はいなかった。
馬小屋の傍からシトルイユと王宮の馬を連れて来て、リオンとアンブロワーズはジャンドロン邸を後にした。ほどほどの速さで駆けている王宮の馬といつも通りの速さで走っているシトルイユの距離は徐々に開いていき、しばらくすると互いのことを視認できなくなった。
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