Verre-5 灰かぶりと王女

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 そんな御伽噺の王子様、彼の地での名をアシェンプテル。レヴオルロージュの古い言葉ではサンドリヨンと呼ばれる。御伽噺の登場人物には特定の名前が設定されていないことも多いため、元が同じ話であっても伝わって行く過程でタイトルや登場人物の名前が変わることは少なくない。アシェンプテル及びサンドリヨンの言葉の意味は、玻璃の若君。呪いによって曇った謎の生き物になってしまったが、磨き上げれば正体が明らかになる様を玻璃、すなわちガラスに例えている。 「王子をとっても大事に思っていて、呪いが解けたと聞いて駆け付ける家来も面白いのよね」 「御伽噺から、名前を?」 「わたくし、あのお話大好きなの。貴方が教えてくれたお話だし、それに、とっても素敵なお話だもの。王子様のイラストがものすごくかっこいいのよね。……皆が貴方を落ちぶれた家の灰かぶりと呼ぼうとも、わたくしは貴方の美しさを知っているわ」  シャルロットはきらきらと楽しそうな、それでいてこの上なく真剣な目でリオンを見上げていた。リオンはシャルロットが握ったままの自分の手を見る。そして、深呼吸をして国王と王妃に向き直った。 「……陛下」  シャルロットからそっと手を離し、リオンは姿勢を正した。そして、国王と王妃に深々と頭を下げる。 「サンドリヨン子爵の名、謹んでお受けいたします」 「うむ、よろしく頼むよ」  わぁ、と小さく声を上げてシャルロットが控えめな拍手をした。優しく笑う国王と王妃に笑顔を向けてから、シャルロットはリオンに飛び付く。  斯くして、リオン・ヴェルレーヌはサンドリヨン子爵の名を拝命した。以後、レヴェイユ一帯はサンドール子爵の名の下でサンドリヨン子爵が一定の決定権を持って治めることとなる。  シャルロットにむぎゅむぎゅとされながら、リオンはもう一度国王と王妃に頭を下げた。  建国記念日の夜。控えめに鐘の鳴るパンデュールの空に花火が上がる。  パーティーは既に終わり、帰路に着いた者も多い。皆、家族や地元の住人と過ごす時間へと帰って行ったのだ。大広間ではまだ数人が談笑を続けているが、彼らの話もそろそろ終わりに差し掛かっているようだった。  花火をバルコニーから眺めて、シャルロットは目を輝かせる。毎年見ているお祝いの花火。その年で一番盛大な花火。そして今年は、いつもよりも特別な花火だった。 「綺麗ですね。こんなに美しいものだったんだ……。いつもは音だけが届いていて、光は全然見えていなかったから」 「リオンはまだ帰らなくて大丈夫?」 「……はい。レヴェイユでもささやかな祭りを開いているんですが、義姉に諸々任せてあります。村長さん達もいますしね。父も今朝は少し元気がありそうでよかったです……。父は毎年顔を見せて挨拶をしたらすぐに帰ってしまうんですが、それだけでも皆喜んでくれるので」
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