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灰かぶりは立ち止まり、王子を振り返る。イヤリングの紫色の石がシャンデリアを反射して光った。艶やかな唇から発せられた声に、王子は目を丸くして一歩後退った。「どこの女だ」と言って付いて来ていた女性達も驚きを隠せない。
皆が想定していたよりも、明らかに声が低い。
「えっと……マドモワゼル……?」
「申し訳ありません殿下。私は男です」
「パンツスタイルの方もいるから、貴方もそういうファッションなのだと……。これは……。ムッシュ、大変失礼いたしました」
「いえ、たまにあることなので気にしていませんよ。それでは」
優雅にお辞儀をして、灰かぶりは踵を返す。一体どこの御令息だろうか、と王子と女性達は灰かぶりの後ろ姿を見送った。王宮の舞踏会に来ているのだから貴族や富豪の関係者なのだろうが、皆には全く見当がつかなかった。
数人の女性の相手をしつつ大広間を歩き回っていた灰かぶりは、そこここをうろついているうちにバルコニーへ辿り着いた。一休みしようとしたところには先客がおり、フリルの塊が手すりに手を載せて夜風を浴びていた。金色のふんわりとした髪がかわいらしい少女である。
「こんばんは。貴女は踊らないのですか」
「あら、見付かってしまったわね。お兄様やお姉様のように囲まれてしまうからこっそり抜け出して来たのに」
「……あ。殿下……?」
「なあに、その顔。わたくしだと分からないで声をかけたのね」
「すみません、こういう場には不慣れで……。やんごとなき方々のお顔もあまり分かっていなくて……」
まごつく灰かぶりを見て、王女は小さく笑った。見目麗しいどこかの令息が舞踏会に慣れていない様が物珍しく面白かったのだろう。
「ムッシュ、よかったらわたくしと踊ってくださらない? その美しい衣装ならばわたくしとも釣り合うでしょう」
「殿下と? よろしいのですか」
「シャルロットよ。今宵は無礼講だもの、折角だから名前で呼んでちょうだい」
「シャル……ロット……」
王女の名前を聞いて灰かぶりは瞳を揺らすが、彼の驚きになど王女は気が付かない。絹の手袋で包まれた小さな手で灰かぶりを大広間へ引っ張って行く。
やあ、王女が戻って来たぞ。まあ、どこかの御令息と一緒だわ。どこの坊主だろう。綺麗な殿方。音楽に合わせて踊る灰かぶりと王女を見て、人々が声を上げる。ステップを踏んでいるうちに、二人は大広間の主役になっていた。
「貴方、そんなに美しかったら引く手数多でしょう」
「いえ、そんな、私なんて」
「ふふ、謙虚なところも素敵ね」
銀と金の髪が広がり、衣装が揺れる。
「よかった、楽しい時間になって。本当は今日の舞踏会嫌だったのよ」
「なぜです、こんなにも素敵な宴なのに」
「だって、だってね……」
宴は夜遅くまで続き、そろそろ日付が変わりそうだ。しかし演奏も踊りも食事も、まだまだ終わらない。なぜなら、日付が変わってからが本番だからである。
王女は軽く目を伏せる。心配そうに覗き込む灰かぶりに、王女は困ったように笑った。
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