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変な異名を付けられていることにリオンがショックを受けているうちに、全ての品物が競り終わった。ガラスの毒リンゴを抱えて、リオンとアンブロワーズは主催者の元へ向かう。
「すみません、お訊ねしたいことがあるのですが」
「はい、なんでしょう」
「このリンゴを出品した人が誰なのか教えていただけますか」
「えーと、それはですね……」
主催者は手にした紙束を捲る。回答を待っていると、近くを通った金持ち達の会話が二人の耳に入って来た。
曰く、王女様の結婚式が云々と。
リオンはアンブロワーズに後を任せ、会場を出て行こうとする金持ち達のことを追い駆けた。階段を昇ってしまう前に声をかけて呼び止める。
「あ、あのっ! さっきの話聞かせていただけますか」
「さっきの話?」
「王女様が何とかって話です」
「あぁ、それか」
「まあ、あくまで噂話だけどな。第二王女の結婚式は今年なんじゃないかって言われてるんだよ。王女も誕生日が来れば十五だしな、そろそろだろうって」
「それは本当なんですか」
「勢いのある兄ちゃんだな」
「噂だって言っただろ。本当かどうかなんて俺らみたいな城に入れない人間には分からねえよ」
リンゴ買えてよかったな、と言ってリオンの肩を軽く叩き、金持ち達は階段を昇って行った。ほどなくしてアンブロワーズが駆けて来る。
「汚い手でリオンのことを触るなんて! もう!」
「痛い痛い。払うのはいいけど痛いからやめろ。それで、これを出品したのは誰か分かった?」
アンブロワーズはゆるゆると首を横に振る。
「それが、顔を隠した匿名の人物が運んで来たものらしいんです」
「えっ……。これ買って大丈夫なものだったのかな……」
「匿名でしたが、一応『金をここに持って来るように』という指定はあったようです。そこへ行けば出品者、もしくはその関係者に会えるかと」
「場所は?」
「国境沿いの森だそうです。そこに小屋があるから、と。しばらくそこに誰かが滞在しているらしいので、このガラスの毒リンゴについて話は聞けると思いますよ」
「範囲が広すぎるな。今日の主催者は詳しい場所を把握しているんだよね。訊いておこうか」
リオンはガラスの毒リンゴを抱え直す。黒々とした液体が動きに合わせて波打ち、小さな泡が浮かぶ。
オークションの参加者のほとんどは帰路に着いている。主催者もそろそろ撤収しそうなので、今のうちに確認しておきたいことは確認しなければならない。小走りで向かおうとしたリオンだったが、アンブロワーズに肩を掴まれてしまった。
「ちょっと、何」
「リオン、汚らしい男達から何を聞いたんですか」
「何って、王女の話をしていたから詳しいことを……」
「怖い? それとも焦っている? 怯えている? びっくりした顔のままですよ。そんな情けない顔を晒すのは俺に対してだけにしてください。話は俺が訊いて来ますから、貴方はシトルイユと一緒に外で待っていてくださいね」
リオンに返事をする隙も与えずに、アンブロワーズはオークションの主催者の方へ駆けて行った。真っ白な翼とローブが薄暗いランプに浮かび上がっているのを少し見送ってから、リオンは階段を昇った。
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