Verre-3 王女と婚約者

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 幼いシャルロットは相手がどこのどんな貴族なのかを知らなかったうえに、訊ねようともしなかった。公爵家なのか、伯爵家なのか、それとも男爵家なのか。どこの令息なのか分からないまま別れて、分からないから探すこともできなかった。  幼い胸に芽生えた恋心は、行き場をなくしてシャルロットの中で疼き続ける。 「あの夏、一緒に過ごした彼にわたくしは本気で恋をしたの。子供だけど本気だったの。本気じゃなかったら何年も経ったら忘れるでしょ」 「それはそうですね」 「でもねでもね、わたくし過ちを犯してしまったの。リオンという心に決めた相手がいながら、別の男性に心を揺さ振られてしまったの!」  悲鳴のように言って、シャルロットはテーブルに置いていた物を覆う布を広げた。現れたのはガラスの靴である。工芸品店で売っているような小さな飾りではない。窓から入る光を受けてぎらぎらと光るのは、人間が履ける大きさのガラスの靴だ。  一年半前の舞踏会で、慌てて帰ろうとしたリオンが落としてしまったものである。持ち主が幼き日に心を寄せた相手だとはシャルロットは気が付いていない。小さな頃と比べて大きさだけ年相応に伸ばしたようなシャルロットと違って、リオンはあまりにも変わりすぎてしまっていた。女性と見間違われることは今でもあるが、背丈は随分と伸び、声変わりもした。そして何より、目で見て分かる情報が幼い頃と全く違う。 「きらきらとした長い銀髪で、美しい青い瞳の方だったわ」  切る暇もなく伸びた髪は灰に染まった。髪型はおろか髪の色まで変わってしまっては、見た目の印象が違いすぎる。 「一昨年のわたくしの誕生日……。貴方との婚約が発表された時の舞踏会で、わたくしと一緒に踊った方がいるの。ドミニク様もあの場にいたから見たと思うけれど」  マカロンに手を伸ばしていたドミニクは手を引っ込める。 「見ましたよ。御伽噺の世界から飛び出して来たのかと思うくらいに綺麗な人でした。絵本の王子様というのはあのような人のことを言うんだろうなと。確か、そのガラスの靴を履いていましたよね。ガラスの君と、居合わせた人々は言っていました」 「今では貴方と仲良しだけれど、あの時はどこの誰がやって来るのか分からないし、怖いし、わたくしにはリオンがいたから、あの場から逃げてしまいたかったの。みんなから離れていたら、あの方が……ガラスの君が声をかけてくれたの。それで、わたくし、この人となら一緒にここから逃げてもいいって思ったのよ。彼と踊っている間、わたくしは彼のことで頭も胸もいっぱいで、あれだけ好きだった、好きでい続けたリオンのことさえ忘れてしまうほどだった」  シャルロットはガラスの君とダンスをした時のことを思い浮かべる。そして、ぼふんと音を立てるようにして顔が赤くなった。
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