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アンブロワーズは動揺して混乱して狼狽しているリオンのことをにこにこと見守っていた。魔法使いは灰かぶりの幸せを願っている。シャルロット側から動きがあったことは好機である。
「我こそはと男達が王宮に詰め掛けているようです。新聞の書き方だと庶民もガラスの君候補に入っているように見えますから。実際には貴族の令息を集めて順に履かせていくらしいですよ」
記事を見つめて懊悩するリオンの肩に手を置き、アンブロワーズは覗き込むように顔を見た。
「貴方こそがガラスの君だと、王女と人々に知らしめましょう。またとない機会ですよ」
「ガラスの靴に足が入れば、私があの夜の男だとシャルロットに示すことができる。黙っていてもいずれヴェルレーヌ家にも順番が回って来るだろうから、明らかになるのは時間の問題か」
「どんなに金のある家の令息でも、どんなに見目麗しい令息でも、王女の憧れのガラスの君にはなれません。だってあの靴は俺が丹精込めて貴方の足にぴったりなサイズで作ったものですからね。探す手間が省けてよかったじゃないですか。やってやりましょう、リオン。あの夜のことも、小さな頃のことも、まとめて王女にぶつけてしまいなさい」
御伽噺の魔法使いが迷えるお姫様に助言するように、アンブロワーズはとても優しい声で囁く。リオンはアンブロワーズを見て、新聞を見て、そしてもう一度アンブロワーズを見た。
青い瞳も、新聞の上に添えた手も、小さく震えている。当初より予定していたことなのに、いざ実現しそうとなると怖気づいてしまいそうだった。リオンは視線を彷徨わせて、胸に手を当てて深呼吸をする。
「こ、心の準備が……」
「もう、しっかりしてください」
アンブロワーズはリオンの肩をポンと叩く。
「俺にできるのはあくまで手助け。貴方が自分でちゃんと動かないとどうにもなりませんからね」
「あぁ、分かってる。……そうか。そうか、私は……。私は、シャルロットに相まみえることができる。そして、自分こそがガラスの君だと告げることができる」
「婚約破棄をしているうえにガラスの君と結婚するとか言っているので本人の本当の気持ちを聞いて確かめる必要もなさそうですね。そのまま結婚しましょう」
「うわ! ちょっと待ってくれ! はっきり言わないでくれ!」
「子供みたいに慌てて狼狽えててかわいい」
「真顔でそういうことを言うな」
むっとした様子のリオンを見て、アンブロワーズはローブを翻してガゼボの外に出た。逃げるように硝子庭園の中を小走りで進んで行く。
春の穏やかな陽光が天井のガラスから差し込んでいた。天井と、窓と、並んでいるガラス達それぞれが光を反射し、拡散し、それがさらに入り乱れてぎらぎらと輝いている。光の中を縫うように純白の魔法使いが踊るように歩いていた。リオンは少し高い位置にあるガゼボから硝子庭園を見下ろす。
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