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Verre-2 この靴にぴったりな人
人々を大いに盛り上げる新聞記事を眺めながら、アンブロワーズはヴェルレーヌ邸を目指して歩いていた。朝から晩まで傍らで見守っていると発言することがあるためヴェルレーヌ家の住み込みの使用人と思われることもあるが、純白の魔法使いは愛しの灰かぶりの家に日々通っている。彼自身の住居はレヴェイユの外れにある時計屋の下宿である。
「本当にここなのかい? 随分小さいお屋敷だね」
「ここで合っているはずなんですが」
鼻歌交じりにスキップを踏んでいたアンブロワーズは、屋敷の前に豪奢な馬車が停まっているのを見付けて立ち止まった。御者らしき男性と貴人の使用人らしき女性が神妙な顔で話し合っている。
真っ白な土台に、金色と銀色を惜しげもなく装飾に使った美しい馬車。乗車している人物が非常に高貴な地位にあることを外に向かって示している。車を引く馬達も眩しい白毛であり、きらきらとした飾りを身に纏っていた。
様子を窺いながら、アンブロワーズは馬車に近付く。
「あの……。こちらの屋敷に何か御用でしょうか?」
恐る恐る声をかけると、使用人らしき女性が「いいところに」と手をぽんと打った。
「貴方はここの人?」
「そのようなものです」
「ここに若い男性がいるというので、我々は王宮からやって来たのです」
そう言って、女性は抱えていた箱をゆっくりと開けた。中から姿を現したのは片方だけのガラスの靴である。
あの夜リオンに履かせた靴だ。あの夜リオンが落とした靴だ。アンブロワーズはすぐに確信した。リオンのために丹精込めて作った物を見間違えるなど、この魔法使いにとってはありえないことだ。
口角が上がりにやにやと笑っているアンブロワーズのことを、使用人の女性と御者の男性は怪訝そうに見ている。
「います! いますとも! 今呼んできますね!」
満面の笑みのアンブロワーズが玄関のドアを開ける。すると、腕組をした継母が外に出て来た。その後ろからクロエとナタリーの姉妹も顔を覗かせている。
「うわ、エルヴィール様」
「うわ、とはなんだい。失礼な鳩だね。朝から外で五月蝿く騒ぐんじゃないよ。一体どうしたんだい」
女性は継母にガラスの靴を見せる。
「我々は王宮の者です。この靴がぴったり合う男性を探しています。ここに若い男性がいると聞いてやって来たのですが」
「あぁ、王女様が探しているっていうやつかい。確かに家には男がいるにはいるけれど、あんた達が探しているのはあの子じゃないよ」
舞踏会の日、継母と義姉達はリオンに仕事を押し付けてから出発した。食事やダンスを楽しんで帰宅すると、リオンは汚れたみすぼらしい姿で三人を出迎えた。長い髪は乱れてゴミが絡み、服にも埃や灰がくっ付いていた。押し付けられた仕事を全て終わらせた結果であり、さすがに数が多く重労働だったのか少し息が上がっていた。
リオンはあの日、家にいた。継母と義姉達はそう思っている。
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