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継母とクロエとナタリーもリオンがすぐに連れて行かれるとは思っていなかったため、慌てたように、心配するように、おろおろとして様子を見ている。リオンのことを本心から心配しているのか、それとも中途半端になっている掃除やこの後の昼食のことを心配しているのか。
「ア、アンブロワーズっ……!」
「はい!」
「衣装を持って来て!」
「はいっ! お任せください!」
馬車のドアが閉まる直前、リオンが見たのは頼りにされて嬉しそうにしているアンブロワーズの姿だった。
馬達が嘶き、馬車が動き出す。車内の座席は座り心地がよく、動揺していたリオンもひとまず体を預けて一息吐くことにした。
向かい合う形でシャルロットが座っている。小さな頃と変わらないかわいらしさ。舞踏会で見た王女としての姿。目の前に彼女がいるという事実を噛み締め、リオンは緊張と焦りで強張っていた顔を少し緩める。
いかにも高級そうな車内にリオンの普段着は不釣り合いだ。しかし、そんなリオンのことをシャルロットはきらきらとした目で見ていた。
「リオン・ヴェルレーヌ様、少し手荒な真似をしてしまい申し訳ありません。両親から『ガラスの君が見付かったら早急に連れて帰って来ること』と言われていて」
「服を着替える時間くらいくれてもよかったんじゃないですか」
「すみません……。あの、改めて確認します。貴方はあの舞踏会の夜、わたくしと踊ってくださったガラスの君なのかしら?」
「私のようなみすぼらしい男が正体だったと知って、失望しましたか」
シャルロットは首を横に振る。ふわふわの金髪が揺れた。
「いいえ。だってわたくしは貴方が素敵な方だと知っているから。……ねえ、リオン。貴方は……。貴方は、わたくしと会ったことがある……? 舞踏会よりも前に」
「……小さい頃、に」
「あ……! そう、そうなのね! 貴方、あの時のリオンなの。わたくし、貴方のことをずっと探していたの。あぁ、よかった。会えてよかった。すっかり見た目が変わっているから確信が持てなくて。しかも貴方がガラスの君だったなんて!」
ガラスの靴を履かせて回りながら、シャルロットは令息達に名前を尋ねた。名前を尋ねて、昔会ったことがあるかと訊いた。何人もの令息の元を訪ねたが、あの時のリオンに会うことはできなかった。
シャルロットはリオンの手を握る。王女の柔らかな手は、灰かぶりの荒れた手を優しく包む。
「シャルロット殿下、私のことを覚えていてくださったのですね」
「えぇ、忘れないわ。忘れるものですか」
同乗している使用人の女性にこれより先は口外しないよう言ってから、シャルロットはリオンに向き直る。
「忘れるわけがないわ。貴方はわたくしの運命の人だもの。言ったじゃないの、わたくしのお婿さんになって、って」
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