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壁紙や絨毯、飾られている花瓶の隅々まで熱心に見ながら歩いていた。玉座の間から随分と離れてしまったことに気が付き戻ろうとしたところで、誰かの手がアンブロワーズのローブを掴んだ。首の部分を後ろから思い切り引っ張られ、一瞬息が止まりそうになる。
「『オマエ、アイツの』『どこから入って来たんだ』と。振り切ろうとしてもがいているうちに、放り出されていて……。俺は人間じゃない……から。人間じゃないから雑にされたけど、人間じゃないからこれくらいのダメージで済んでるんですよね」
「相手の顔は見ていないの」
「見ていません。どこかの使用人だと思いますが……。まあ、相手が誰なのかなんてどうでもいいことです。ドミノが生きづらいのは今に始まったことではないですし、昔と比べれば随分と暮らしやすくなっていると言いますし。海を渡らずにここに残った我々に文句を言う権利はありません」
掻き込むように食事を平らげて、アンブロワーズは盆をリオンに押し付ける。
「美味しかったです。ごちそうさまでした。もう休みますね」
「あ、待って……。『アイツの』って、アイツって私のこと……? 犯人は私に対して何か思うところがあるとか? あの……。あの、私が、衣装を持って来るように言ったから」
「もしそうだとしても俺は貴方の傍を離れませんし、貴方のことを責めませんよ。俺のこの翼が、飾りじゃなければよかったんですけどね。空を飛ぶことができれば、窓から落とされてもこんな負傷しなかったのに」
ベッドの上に落ちている羽根を拾って、目を伏せる。
アンブロワーズの翼は人の体を飛ばせる大きさである。しかし、実際に彼の体が空を舞うことはない。広げたり閉じたりすることは可能だが、飛行できるほど激しく大きく動かすことは不可能だ。
幼い頃に負った傷の後遺症なのだとリオンは聞かされている。友人とふざけて遊んでいるうちに夢中になって周りが見えなくなり、遊び場の廃屋のどこかに強く引っ掛けて捻ってしまったのだと。実際にはその廃屋にいた悪質な商人に目を付けられ、連れ去られそうになった時に強く引っ張られて痛めたものだ。そのことをアンブロワーズがリオンに伝える気はないため、リオンが真実を知ることはない。
リオンはアンブロワーズの手から羽根を取る。
「でも、大事に至らなくてよかったよ。ドミノは体が頑丈でいいよね」
「リオン」
「ん」
「真っ白な羽根を手にして微笑む貴方はまるで遠方で語られる天女のようでとても素敵です」
「本当に元気だけは有り余ってるみたいだね。……ゆっくり休んでね」
まとわりついて来るアンブロワーズの手をひらりと躱して、リオンは軋むドアに手をかけた。
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