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シャルロットから手を離し、クロエはゆっくり立ち上がった。華やかな装飾が施されたドレスも、ブルネットを纏めるかわいらしいリボンも、裾からちらりと見える綺麗な靴も、リオンを虐げた先で手に入れたもの。村娘達に向ける優しい視線は義弟には向けられることがない。
クロエはドアの傍に置いていた花束を拾い上げた。春にぴったりなピンクや赤、黄色などの明るい色で揃えられた花束に慈悲さえ感じられる目を向ける。シャルロットは無意識のうちに半歩程退いていた。このまま共にいれば、自分も侍女のようにされてしまうかもしれない。
「硝子庭園……と仰っていましたよね。行ってみますわ」
「あぁ、いってらっしゃい」
優しい声音に侍女が声を上げる。侍女に馬車の傍で待っているように告げ、シャルロットはガラス張りだという温室庭園を目指して歩き出した。
クロエが教えてくれた、屋敷の右手。少し進むと、屋敷の影から大きな温室が姿を現した。角度によって屋敷に隠れて見えることもあるが、硝子庭園自体はかなり大きい。リオンの集めた数多のガラス達と、植物達がひしめいている。
出入り口のドアの前に立って、シャルロットは硝子庭園を見上げる。王宮にも大きな庭園があるが、これほどの規模の温室はなかなか見ることがない。ガラスのドアを開けて中に入ると外よりも暖かな空気が漏れ出て来た。一歩踏み入ると、シャルロットの目の前にきらきらと輝くガラスの世界が広がった。
いくつものガラス細工。その間に揺れる花々や草木。石畳の上を歩き、美しい景色に目を向ける。
「シャルロット!? ……様!?」
南国原産の大きな葉がある角を曲がったシャルロットは、如雨露を手にしたリオンと鉢合わせた。突然現れたシャルロットに驚き、リオンは如雨露を取り落とす。中に残っていた水が飛び散った。
「えっ、何!? どうして……」
「貴方のお義姉様が……えぇと、上の。クロエ様が、貴方はここにいると」
「何しに来たんですか、こんなところに」
リオンは如雨露を拾う。寸足らずの着古した服。底が外れそうな靴。足元には如雨露から零れた水が広がり、あともう少しで靴に染み込んでいきそうだ。じわじわと範囲を広げる水から、リオンは距離を取る。
シャルロットは水溜まりを迂回してリオンに近付いた。ドレスに水が付かないように、少し裾を持ち上げて歩く。
「お父様が貴方のことを連れて来いと」
「先日のことを父に話したかどうか陛下は気にされているのでしょうか。次に街へ行く時に王宮まで向かおうと思っていたんですが」
「とにかく、連れて来いと。子爵への話が済んでいるのだったら、大丈夫だと思う……けど。わたくしは連れて来いとしか言われていなくて」
「……分かりました。陛下が来いと仰るのなら参りましょう」
リオンは如雨露を手に歩き出す。シャルロットも後を追う。
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