Verre-5 それぞれの思惑

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「俺は別に何も企んでいませんよ」  リオンにベッドに押し込められたアンブロワーズは言われた通りにおとなしく「安静にする」を頑張っている。しかし、ただ何もせずに寝ていても退屈なため今日は体を起こして読書に興じていた。体はまだ痛いが、一昨日ほどではない。  ナタリーが部屋に入って来る。手近な椅子を引っ張って来て、ベッドの脇に腰を下ろした。 「鳩、貴方リオンのことが好きなんでしょ」  豆鉄砲を食らったような顔をしてから、アンブロワーズは静かに笑った。 「リオンが王女様のところに行っちゃっていいの」 「ふ……。面白いことを言いますねナタリー嬢は。幸せそうな彼を見ることが自分にとって極上の幸福です。彼が王女のことが好きで、王女が彼のことが好きだと言うのならそれを応援するのが俺の役目です。彼が辿り着いた幸福の先に、俺の姿なんてなくてもいい。俺は外側から彼のことを観測して、彼が喜び、笑い、楽しそうにしているのを感じ取ることができればそれで充分です」  本が閉じられる。 「あぁ……。それだけで、きっと俺は……」  くつくつと漏れる笑いが体を震わせた。アンブロワーズは恍惚とした笑みを浮かべる。ナタリーの冷ややかな視線など関係ない。灰かぶりのことを考えるだけで、魔法使いはいくらでも悦楽を得ることができた。  椅子が軋む音にハッとして、我に返る。立ち上がったナタリーが恐怖にも困惑にも、侮蔑にも似た目をアンブロワーズに向けていた。 「ずっと思っていたけれど、貴方……気持ち悪いわね」 「褒め言葉として受け取っておきますよ。多少気持ち悪いくらいのやつじゃないと魔法使いになんてなれないでしょうから」  先程とは違う笑顔を自嘲気味に張り付けて、部屋を出て行くナタリーのことを見送る。ドレスの裾が見えなくなってから、アンブロワーズは再び本を開いた。ページの間に挟まれているのはリオンが使っているのと同じ色の青いリボンが付いた栞。金属製のブックマーカーは、ナタリーが開けっ放しにしたドアから差す光を鈍く反射した。  馬車に揺られ、リオンとシャルロットは王宮へ辿り着いた。使用人や騎士達が出迎える。  先に馬車から降り立ったシャルロットがリオンに手を差し伸べた。 「えっ」 「わたくしがこのようにしてもいいでしょう? さ、ムッシュ。お手を」  躊躇いがちに出されたリオンの手をシャルロットはしっかりと取った。リオンは馬車から降り、シャルロットと並び立つ。 「ねえリオン、魔法使いさんは大丈夫?」 「アンブロワーズ? どうして」 「この間、彼が馬に乗って、貴方が馬を引いているのを見たから。魔法使いさんぐったりしていたし、もしかしたら具合が悪かったのかと思って」  長い廊下を歩きながら、シャルロットはちらりとリオンのことを見上げる。
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