Verre-5 それぞれの思惑

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 使用人達は並んで歩く二人に挨拶をして通り過ぎて行く。先日は灰塗れだったため不審に思われてしまったが、今日はしっかりとサンドール子爵代理の装いだ。立派な貴公子の姿は王宮にいても場違いなどではない。 「……アンブロワーズは体調を崩してしまって。王宮なんて初めてで、豪華すぎる空気に酔ってしまったようなんです」 「まあ、そうなの」  王宮にいた何者かに窓から投げ落とされたなどとシャルロットに言うことはできない。リオンは心の中で、嘘を吐いてしまったことを詫びつつ、これはシャルロットに余計な心配をかけないためなのだと自分に言い聞かせる。 「それじゃあ、魔法使いさんに『お大事に』と伝えておいてね」 「優しいですね、シャルロット様。一度会っただけのドミノに」  玉座の間の大きな扉の前でシャルロットは立ち止まる。振り返った勢いで金色の髪がふわりと広がった。重力に従って下りて行く髪の間から紫色の瞳が覗く。  ドレスにまぶしてある花の甘い香りがリオンのことを包んだ。緩みそうになる顔を「ここは玉座の間の前だ」と念じてどうにか普段通りの顔にする。 「だって魔法使いさんは貴方の大事なお友達でしょう? わたくしはお友達の元気がないと自分も悲しくなってしまうわ。だから、魔法使いさんの元気がなかったら貴方も悲しくなってしまうんじゃないかと思って。もちろん、魔法使いさん本人のことだって心配よ」 「……優しい」  他を慈しむ顔にリオンは見惚れた。実年齢よりもずっと大人びていて美しいようにさえ思えた。内から湧き出て来る歓喜を抑え込もうとして、耐えきれずに複雑怪奇な表情になり、後退って、顔を覆って蹲った。  シャルロットも、その場にいた使用人達も、突然の動きに目を見張った。 「リ、リオン、どうしたの、大丈夫」 「シャルロット様の優しさに感銘を受けているところです。私の友人のことまで気遣っていただけるなんて」 「そんな、大げさよ。嬉しいけど。わたくし、我がまま姫だなんて言われることだってあるんだから。どこの誰かも分からないガラスの君なんていう靴を落とした男と結婚したいなんて! って」  シャルロットは屈んでリオンに手を差し出した。ドレスがふんわりと広がり、大きな花の上に小人が載っているようになる。 「わたくしの素敵なガラスの君。共に参りましょう」  シャルロットはリオンを立ち上がらせ、手を引いて扉の前に立つ。衛兵の守っている扉がゆっくりと開き、二人は並んで玉座の間に足を踏み入れた。  玉座の間で二人を待っていたのは国王と王妃とその護衛だけではなかった。二人に気が付き、ジャンドロン親子が顔を向けた。リオンを睨み付けるオール侯爵と、居心地が悪そうなドミニク。  シャルロットはドミニクを見て声を上げ、リオンはオール侯爵を見て青ざめる。
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