40人が本棚に入れています
本棚に追加
三頭の馬でのんびりと進んでいる今のペースでは、日が暮れても国境の密林には辿り着かない。暗くなる頃に使用人達が馬車と共に姿を現してシャルロットとドミニクのことを連れて帰ってしまうだろう。もちろん、馬で進む一同はそのことを分かっている。少しの間でいいから共に歩いて話をしたいというのがシャルロットの申し出だった。
シトルイユを先頭に、王宮の馬とオール侯爵家の馬が進む。シャルロットの乗る王宮の馬はアンブロワーズが引き綱を引いていた。
歩く動きに合わせて純白の翼が揺れている。馬上からローブと翼を見下ろしながら、シャルロットはアンブロワーズに声をかけた。
「はい、何か御用でしょうか王女様」
「魔法使いさんは鳩さんでしょう? お空は飛ばないの?」
「はは。俺のこの翼は飾りなんですよ」
「えっ……。本当は人間……なの」
「いえ、そうではなくて。ちょっと、子供の頃に事故に遭って。動かしたり広げたりすることはできるんですが、羽ばたいて飛翔することはできないんですよ」
シャルロットは悲しげな顔になる。
時々、王宮の中が息苦しく感じることがあった。習い事、勉強、王族としての心得……。窓の外を見ると、鳥が広い空を自由に飛び回っている。鳥は自由でいいな、と思うこともある。しかし、自由に飛び回れない鳥もいるのだ。
「そうなの、あまり訊かれたくないことだったかしら、ごめんなさい」
「いえいえ。疑問に思っていたことが分かって貴女がすっきりすれば、リオンも喜ぶでしょう。気にしませんよ」
「魔法使いさんは本当にリオンのことが大切なのね」
「ふ」
軽く振り向いたアンブロワーズが馬上のシャルロットを見上げる。
「えぇ、俺の大切なかわいいリオンですから」
この魔法使いがリオンへ抱く思いは強くて重い。シャルロットは背筋がぞくぞくとして、純愛などと呼ぶことができないくらい汚いはずなのに、確かに純愛だと言えるくらい真っ直ぐな気持ちに震えた。自分がリオンに向けるものとは異なる方向性のものだと思いつつも、自分はこれほどまでに彼を愛せるのだろうかと一瞬不安になる。
シャルロットの表情の変化に気が付いたのだろう。アンブロワーズは安心させるように、極めて穏やかな顔をシャルロットに向けた。
「だから、彼を幸せにしてあげてくださいね」
寸の間、シャルロットはオレンジ色の瞳を見つめた。アンブロワーズはその視線を逃さないと言うようにじっと紫色の瞳を見据える。
最初のコメントを投稿しよう!