Verre-1 深い森の中で

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 リオンと接している時、リオンの話をしている時、アンブロワーズはいつもだらしなく崩した顔をしている。ところが、今は真剣そうな顔だ。下宿の時計屋を訪れる村娘達から「人間だったらよかったのに」「ヴェルレーヌの御曹司にでれでれしていなければ……」と言われることもあるそれなりに整った顔は、その良さを遺憾なく発揮しながらシャルロットを見ていた。話している内容はリオンのことであり、にやにやしていようがしていまいが気持ち悪いと評される感情を抱いていることに変わりはない。ただ、受け手からの印象はかなり変わる。  シャルロットは手綱をぎゅっと握った。まだ幼さの残る顔に、王女の威厳が浮かぶ。 「もちろんよ」  アンブロワーズはちょっぴり目を丸くしてから、安心したように目を細めて笑った。 「貴女でよかった」  引き綱を持ち直し、顔を前に向ける。リオンの後ろ姿に向けられた顔にどんな表情が浮かんでいるのか。それを知るのは、本人だけだ。  馬達の蹄の音と、草木が風に揺れる音。商人達の足跡を追って進めば進むほど、森は鬱蒼として暗く深くなっていく。 「これだけ深くなると空の様子で時間を判断するのは難しいな……。アンブロワーズ」 「はい、ただいまの時刻は午後三時を回ったところです」  懐中時計を確認して、アンブロワーズは笑顔で答える。 「ありがとう。では、シャルロット様とドミニク様はあともう少しになりますが」 「そうですね、夜になる前に戻るとなると……」 「わたくしもっとリオンとお話したいのに」 「私とアンブロワーズでお二人の安全を保障することはできません。暗くなる前にお帰りください。使用人達も控えているはずなので」  貴方は? とシャルロットは問いかける。シトルイユを停めて小さく回らせ、リオンは振り返る。暗い森に差し込む僅かな光の中で銀色の髪がきらきらと煌いた。 「私は大丈夫ですよ」 「何があろうと俺が身を挺してリオンを守りますから」 「それもそうだし、シトルイユがいるから」  リオンはシトルイユの首元を軽く叩いて撫でる。  元々は継母達に押し付けられた仕事を手伝ってもらうために手に入れた馬だ。重い荷物などを運んでもらえればそれだけで良いと思って安い馬を買って来た。元気よく走り回っている他の馬達から離れて、牧場の片隅でおとなしくカボチャを食べていたのがシトルイユである。  こいつは走る気がないから走らないけど、荷物なら運んでくれるだろう。牧場主はそう言って、安い代金を受け取った。ところが、シトルイユは走った。舞踏会の夜、ヴェルレーヌ邸から王宮までをほとんど休みなく走り切った。とんでもない速さで。走る気がないから走っていなかっただけで、走る気があれば走るのだ。
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