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舞踏会の後、リオンはあの日の馬がとても速く走ったということを牧場主に伝えた。草を食んでリオンを待っている姿を見ながら、牧場主は言った。「素質はあるから」と。
シトルイユの両親は優秀な成績を残した競走馬と野を越え山を越えて走り続けた軍馬なのだという。この二頭が結ばれればどんな素晴らしい馬が生まれるのだろう。どんな分野で活躍してくれるのだろうと、両親の持ち主や牧場の関係者は期待した。ところが、生まれて来たシトルイユはのんびりとカボチャを食べている見目が綺麗なだけの仔馬だった。期待されすぎた分、落胆も大きかった。貰い手も付かず、時々荷運びの仕事を手伝いながら牧場で過ごすこととなった。
そこへ現れたのがリオンである。人の好き嫌いが激しかったシトルイユが上機嫌で引かれて、あまつさえ背中に乗せて嬉しそうに歩いているのを見て、「この若者になら任せられる」と牧場主は思ったそうだ。駿馬であることが分かってしまったら返した方がいいのかと問うリオンに、牧場主は首を横に振った。
「草の上も、土の上も、舗装の上だって素早く駆けて行ける。森の中でどんなに恐ろしい熊や狼が出て来ても、並みの獣ならシトルイユには追い付けません。とても速く走る父と足場を気にしない母の間に生まれた彼に、通ることのできない道などありません」
褒められていることが分かったのか、シトルイユはリオンに耳を向けて尻尾を大きく振る。
「まあその場合俺は置いて行かれるんですが、リオンが無事ならそれでいいと思っています」
「アンブロワーズも乗せて行くよ」
「いいんですか!?」
「当たり前でしょ。恐ろしい獣が出ても、賊が出ても……」
噂をすれば影、という言葉が遠方の国にある。
どこからか飛んで来た何かが、リオン達の間を通った。それが矢だと気が付いたアンブロワーズがすぐに周囲を警戒する。物陰に隠れていた使用人達もざわつき始めた。
「野盗っ!?」
ドミニクが叫んで使用人達が動いた直後、シャルロットの顔のすぐ横を矢が飛んで行った。シャルロットの悲鳴は馬の耳元で響き、矢と悲鳴に驚いた王宮の馬は大きく嘶いて飛び上がる。そして引き綱を掴んでいたアンブロワーズの手を勢いよく抜け、シャルロットを背中に乗せたまま走って行ってしまった。茂みから野盗達と使用人達が一斉に現れ、場は一瞬にして騒然とする。
リオンはシトルイユの体の横を軽く蹴った。手綱を動かして旋回させる。
「アンブロワーズ、ごめん、置いて行く! シトルイユっ!」
土や草をシトルイユの蹄が強く抉った。
「追い付ける?」
リオンの問いかけに答え、シトルイユは弾丸が飛び出すかのように駆け出した。草を掻き分け、土を巻き上げ、風を切って森の中を駆け抜ける。小石はそのまま踏み付け、木の根は助走なしで跳び越える。
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