Verre-2 赤き狼の宿

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Verre-2 赤き狼の宿

「地図も時計もアンブロワーズが持っているんです」 「え……。それじゃあわたくし達、迷子……?」  すっかり落ち着いた様子の白馬の上から、シャルロットはリオンに言った。リオンは白馬の引き綱を引いて歩いており、シトルイユは誰に引かれることもなくリオンの後をついて歩いている。時折小動物などに気を取られているが、リオンが呼び止めるとすぐに戻って来た。  仲良く馬を並べて歩いていた場所からは随分と離れてしまった。少し行ってからひとまず休憩しようということになり、水場、もしくは開けた場所を目指してリオンとシャルロットは進んでいた。 「荷物は全部アンブロワーズが持ってくれているんです、いつも。私が持つと言っても駄目だと言われてしまって。『普段扱き使われているんだから、俺といる時は俺を頼ってください』と」 「魔法使いさん、リオンのことがとっても大好きなのよね。わたくし負けていられないわ」 「シャルロット様まであんな風になってしまったら困ります。彼と張り合わないでください」 「……ねえ」  何やら不服そうな声が聞こえて来て、リオンは白馬を止まらせて自分も立ち止まった。馬上を見上げると、シャルロットは不満げな顔をしてリオンのことを見ていた。 「シャルロット様……? 私、何か貴女の気に障ることを」 「リオン、さっきわたくしのこと『シャルロット』って呼んだでしょ」 「あっ。あれは咄嗟に……。大変失礼しました」 「シャルロットって呼んで」 「え」 「舞踏会の時も、この間もそうやって言ったわ。小さい頃みたいに言ってって」 「あの頃は、貴女が王女様だとは知らずに無礼を……」 「シャルロットって言って。……分かったわ。それじゃあ、これは王女であるわたくしからの命令よ。わたくしのことはシャルロットと呼びなさい」 「めっ……。……シャ、シャルロット……様。……っ、シャルロット!!」  もうどうにでもなれ。リオンは勢いに任せて悲鳴のように叫んだ。小鳥が飛び立ち、リスが逃げて行く。白馬が体を揺らし、シトルイユは耳を動かす。そして、シャルロットは満足げに笑った。  ただ名前を呼んだだけなのに酷く疲れてしまった。リオンは肩で大きく息をして、シャルロットの様子を窺う。 「こ、これでよろしいですか……シャルロット」 「えぇ。……いい。いいわね、いいわ。貴方はずっと貴方だけれど、どこか距離を感じていたから。私のよく知る貴方に戻った気がするわ」  再会してから感じていた、王女と没落寸前貴族の間にそびえる壁。別荘で互いの地位など知らずに遊んだ時間が遥か昔のことであったかのように、二人の立っている場所はぐっと離れてしまった。 「これは、これは二人の時だけですからね。皆の前では、貴女は王女様だから」 「みんなの前のわたくしが王女様なら、貴方の前のわたくしは何なの?」
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