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ふらふらと立ち上がったリオンが問いかける。顔は青褪めており、目の焦点は定まっていない。シャルロットに支えられて何とか姿勢を維持しているが、まだ手は震えていた。小刻みに揺れる指先が血の滲む右耳を押さえる。
ドミノの男の尻尾が振られた。怪訝そうにリオン達を見ていた表情が一気に明るくなる。
「なんだ、アンタだったのか。ヴェルレーヌさんか?」
「はい、リオン・ヴェルレーヌです。あぁ、よかった。辿り着け……」
ピンと張った糸が切られるように、リオンの恐怖心が消えた。相手は約束をしていたガラスの毒リンゴの出品者だ。危害を加えて来る相手ではないことが分かった途端に体から力が抜け、再びへたり込んでしまった。
「怪しい侵入者かと思ったぜ。悪いことしちまったな」
「この、狼さん……なの? ねえ、お話聞けそう?」
「襲い掛かって怖がらせたのは俺だけど、少し休んだ方がいいんじゃねえか。商人達が休憩に使ってる小屋だ、いくつかベッドもある」
「リオン、休む?」
シャルロットに寄りかかっているリオンは小さく頷いた。
漂って来る料理の匂いに目を覚ます。一休みだけのつもりが、ぐっすりと眠ってしまっていた。リオンはベッドから起き上がり、顔にかかっている髪を掻き上げる。
「アンブロワーズ、今何時……。……いないんだった」
枕元に置いてあったリボンで髪を束ね、ジャケットの袖に腕を通しながら立ち上がる。仮眠室になっている小部屋のドアを開けると、玄関から入ってすぐの部屋だった。小屋の中の部屋は二つだ。
「リオン、おはよう」
シャルロットに声をかけられそちらを向くと、彼女は皿をいくつか抱えて立っていた。仮眠室側、玄関から見て奥の壁に張り付くようにして小さなキッチンがある。シャルロットは料理中の狼の傍に皿を置いてからリオンに歩み寄る。そしてまだ寝ぼけ眼のリオンの手を引いて、手近な椅子に座らせる。
「綺麗な髪がぼさぼさだわ。結び直してあげる」
「ありがとうございます」
銀色の髪を手櫛で軽く梳いて、リボンで纏める。簡単な動作なのに、シャルロットはリオンの背後から動かないうえにまだ髪をいじっている。
「今日のリボンは深緑色のちょっぴり渋いリボン」
「いつも同じ色だと代り映えしませんから、髪飾りはたくさん持っているんですよ。服の数が少ない分、ここで差を作って。服はあまり買えませんが、リボンだけならいくらでも買えますし」
「髪はこのまま? 昔みたいに短くはしないの」
「今はこの方が落ち着きますね……」
「そう。……狼さんがね、今夜はここに泊まって行けって。もうすっかり日も暮れて、今から森に入っても迷うだけだから」
「シャルロットをこんなところに泊めることになるなんて」
「こんなところとは言ってくれるねぇ、坊ちゃん」
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