Verre-2 赤き狼の宿

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 テーブルに皿を置きながら、狼が言った。深めの皿の中には肉や人参、玉ねぎなどが入っている。レヴオルロージュの一般的な家庭料理であるポトフに似ているが、ジャガイモとソーセージが我こそが主役と言うように鎮座している。  ルージュ・ヴァルフォレトを越えればそこは別の大陸。異なる文化圏に挟まれたルージュ・ヴァルフォレトでは、それぞれの大陸の衣食住が混ざり合っていた。 「す、すみません失礼しました。場所を貸してくださってありがとうございます。これは……ポトフですか?」 「俺の小屋じゃないけどな。これはアイントプフだ。まあポトフみたいなもんだよ。改めて確認するけど、アンタはリオン・ヴェルレーヌで間違いないんだな?」 「はい。貴方は、ヴォルフガング・イェーガーさん。ガラスの毒リンゴをオークションに出品された」 「そうそう。あん、アンブローズ? とかいうアンタの使用人から手紙が来たぜ。話はとりあえず飯食ってからな。今にもアンタ達を食ってしまいそうなくらい腹が減ってるし、アンタ達だって腹減ってるだろ。たまには庶民の飯を食ってみると面白いと思うぜ」  ヴォルフガングは三人分の食器を並べて行く。具だくさんのスープに、ちょっぴり硬そうなパン。リオンにとっては見慣れたものだが、シャルロットにとっては滅多に見ないものだ。物珍しそうに、皿から皿へと視線を動かす。 「わぁ、美味しそうね。よし、リオンの髪も綺麗にできたし、ご飯にしましょ」 「ずいぶん時間がかかっていましたね。私の髪どうなってるんですか」 「綺麗な長い髪だから三つ編みにしちゃった。わたくし、自分の髪は侍女達に編んでもらうでしょ。でも自分でも少しやってみたくて、お人形でたまに色々な髪形を作ってみるのよ。生身の人間相手でもちゃんと形にできてよかったわ」 「シャルロット様が編んでくださった髪……寝る前にほどいてしまうのがもったいないですね」 「朝になったらまた編んであげる」 「はいはいはいはい、そこ戯れるなら飯食ってからな」  若干呆れた様子のヴォルフガングが並べ終えた皿を指し示す。 「折角の料理が冷めてしまってはいけないものね」  席について、シャルロットはスープを一口飲む。野菜をひとかけ食べる。そして黙ってしまった。  王女様の口には合わなかっただろうか、という顔でヴォルフガングは様子を窺う。リオンも手を止めてシャルロットを見守る。  宝石のような紫色の瞳がキラキラと輝く。口角が上がり、艶やかな唇が歓喜と共に開かれた。 「お……美味しい! 美味しいわ。王宮のシェフ達が作るものとは違うけれど、これもとっても美味しいわ。狼さんは料理人さんなのかしら」 「料理人ってわけじゃあないけど、民宿をやってるんだ。なかなかだろ?」 「まあ、そうなのね。とっても美味しいわ。お客さんも喜ぶわね」
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