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夜の森は真っ暗で、小屋から少しでも離れると自分の近くさえ見えなくなりそうだった。生い茂る木々は月明かりを遮り、深い闇を生み出している。遠くから鳥や獣の鳴き声が聞こえた。
「シトルイユ、ご飯だよ。ほら、君もお食べ」
人参に齧りつくシトルイユを見て、王宮の白馬も人参に顔を近付ける。この馬が日々王宮で何を食べているのかリオンは知らないし、シャルロットに訊ねたところで彼女も分からないだろう。上質な草や野菜と比べると多少は劣るかもしれないが、他に食べるものもないので白馬は少しずつ人参を齧った。
夜風に当たりながら馬達を見ていると、近くの茂みが大きく動いた。白馬が驚き、それにシトルイユが驚く。
「な、何……? 熊……?」
「リオン!」
茂みの中から姿を現したのは白いローブに葉や枝をくっつけたアンブロワーズだった。
「よかった! 会えた! ここに辿り着いていたんですね! 王女様も一緒ですか?」
アンブロワーズは地図と方位磁針を手にしていた。リオンのことを見付けて、心底ほっとした様子である。
「シャルロットは小屋にいるよ。ガラスの毒リンゴの出品者も中に」
「よかった……。本当に、よかった……。こんな森の中で貴方を見失って、俺は……。生きた心地がしませんでした……」
「私も君に会えて安心したよ。ドミニク様と使用人達は」
「腕っぷしのいい使用人が賊を伸してくれて、怪我人はいません。ドミニク様は侯爵家の使用人と従者と共に帰りました。王宮の使用人達はそこの茂みにいます」
ここにいるよとアピールするように茂みが小さく揺れた。
「馬達も元気そうですね。リオンも王女様も怪我はありませんか」
「うん」
よかった、と朗らかに笑っていたアンブロワーズが不意に表情を消した。リオンに詰め寄って、右耳にそっと手を添える。
ヴォルフガングに噛み付かれた痕。じんわりと血が滲んでおり、ベッドで休む前に応急処置をしてもらった。手が触れてリオンが少し痛がる素振りを見せると、アンブロワーズの顔は険しいものになった。
「……リオン、この耳は? この包帯は何?」
「これは……。何ともないよ。ちゃんと手当してもらったし」
「誰にやられたんですか?」
リオンが答える前に、玄関のドアが開いてヴォルフガングが外に出て来た。シャルロットも顔を覗かせる。
「賑やかな声がすると思ったら。よお、もしかしてアンタが手紙をくれたアンブローズさんか?」
「アンブロワーズです。イェーガーさんですか? ……は?」
リオンからヴォルフガングへと視線を移したアンブロワーズが耳と尻尾と爪と牙を凝視する。
「狼……。リオン、こいつにやられたんですか」
「ちょっと侵入者を驚かせようと思っただけなんだ。まさか坊ちゃんだとは思わなくてよ」
「キサマがリオンを傷付けたんですね」
翼を大きく広げ、相手が白に気を取られた隙に飛びかかる。アンブロワーズはヴォルフガングの胸倉を掴んで勢いよく押し倒した。
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