Verre-1 灰かぶりと魔法使い

4/11

40人が本棚に入れています
本棚に追加
/140ページ
 惨めな自分を嘆いていると、真っ白な男が訪ねて来た。魔法使いだという彼はリオンに美しい衣装とガラスの靴を与えてくれた。魔法など御伽噺の中にしか存在しないもの。それでも、その時のリオンは魔法使いを信じて縋り付いた。どうしても舞踏会へ行きたかった。なぜなら、会いたい人がいたからだ。  幼い頃に仲良くなったシャルロットという令嬢。あの夏以降会えていない彼女も、大勢が集う舞踏会ならば参加しているかもしれない。国中から数多の人々が集まる舞踏会など次はいつ開かれるか分からないのだから、今行かずしてどうするのか。一縷の望みを胸に、リオンは美しい衣装を纏って愛馬を走らせた。  斯くしてリオンはシャルロットと再会するのだが、なんと彼女は第二王女その人だったのである。少しだけ一緒に踊って、名乗らないままリオンは帰宅した。魔法使いとの約束があったからだ。十二時になれば魔法は解けてしまう。とどのつまり、継母達が帰宅するまでに部屋の片付けやその他の家事を終わらせていなければ怪しまれてしまうから早く帰って来いということだ。舞踏会を最後まで楽しんでから帰宅すれば、衣装は取り上げられてリオンはただの灰かぶりに戻ってしまう。「結局魔法なんかじゃないじゃないですか」とリオンは言ったが、魔法使いは「無事なんだからよかったじゃないですか」と言って軽薄そうに笑った。  以後、不審な魔法使い――アンブロワーズ――はリオンに手を貸してくれるようになった。  落としてしまったガラスの靴を探しているうちにガラス製品を扱う商人と接点ができた。ガラスを集めていればいずれ失われたガラスの靴にも手が届くかもしれない。その資金を集めるためにリオンは子爵の代わりに議会に顔を出し、商人達とも交流を重ねた。ガラスを集め、珍しいガラス製品の取引が行われるオークションにも参加した。やがてヴェルレーヌ家はほんのわずかだが輝きを取り戻し、大量のガラスによって物理的な輝きも手に入れた。行き詰った時にリオンを助けてくれたのは、いつだってアンブロワーズだった。 「また今日も面白い話を仕入れて来ましたよ、リオン」 「今度は何?」 「ガラスでできた毒リンゴが怪しげなオークションにかけられるらしいです」 「それはちょっと怪しすぎるな」  ヴェルレーヌ家の別邸は抱えきれない数のガラスを抱えてしまったため、リオンは屋敷の横にあった温室を改修した。母が植物を愛でていた場所だが、使われなくなって薄汚れてしまっていた。大幅な拡張工事を遂げた温室庭園は、植物に交じってガラス細工が咲き誇っていることから「硝子庭園」と呼ばれた。
/140ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加