Verre-2 赤き狼の宿

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 鳩と狼が対峙した時、食われるのは鳩の方だ。しかし、アンブロワーズの気迫とヴォルフガングの動揺だけを見れば立場は逆である。闇夜に広がる純白の翼はアンブロワーズのことを巨大な怪物のように見せている。 「おいおい、落ち着けって」 「許しません。その死を以て償いなさい」 「アンブロワーズ、やめて。その人が死んだら話を聞けなくなる。それにシャルロットの前でそんなことしないで」 「リオンは黙ってください! 貴方、怖かったんでしょう!? 恐ろしかったんでしょう!? 俺が、全部なかったことにしてあげますから」  真っ白なローブが翻る。アンブロワーズは普段隠れている太腿のベルトから流れる動きでナイフを引き抜き、ヴォルフガング目がけて大きく振りかぶった。  リオンが止めようとして駆け出す。シャルロットが目を覆う。ヴォルフガングがナイフを受け止めようとして手を動かす。  しかし、ナイフは振り下ろされなかった。腕を上げたまま、アンブロワーズの動きは止まってしまったのだ。ナイフをヴォルフガングに弾き飛ばされても、しばらくの間固まっていた。 「……っ、く。……い、た……っ」  ゆっくりと腕を下ろし、立ち上がる。バランスを崩しかけたところをリオンに支えられ、苦痛に歪む顔に僅かに歓喜が滲んだ。 「あ、ありがとうございます……! リオン……!」 「まだどこか痛いの。全快したって医者に言われたって」 「えぇ、言いましたよ。『医者から全快のお墨付きをもらった』と、俺が」 「医者は本当は何て言ったの」 「『もう少しだけ安静にして』と……」 「もうっ、君というやつは」  どこか痛めてるのか? と問いながらヴォルフガングが拾ったナイフを差し出す。  小さいながらも鋭い刃の光るナイフである。木製の柄には金色の装飾が施されており、紫色の宝石が埋め込まれていた。レヴェイユの村の市場に行商人がやって来た時、お金が足りないと言うアンブロワーズにリオンが買い与えたものである。元々は貴人のコレクションになるような観賞用のものであって物を斬ることのできる刃ではなかったのだが、鍛冶屋に依頼して刃を付け替え、実戦用に改良したのだ。  アンブロワーズはヴォルフガングのことを睨み付けながらナイフを受け取り、鞘にしまう。 「今の状態でキサマをどうこうすることはできないのでやめておきます。リオンもそれを望んでいないようですし。でも、絶対に許しませんからね」 「坊ちゃんの従者怖いな」 「俺は使用人ではありません。……外で立ち話はやめましょう、本物の使用人達がそこで聞き耳を立てていますから。教えてくれますか、貴方がオークションに出品したもののこと」 「落ち着けばちゃんと話せるんじゃないか。いいぜ。お茶でも淹れて話そうか」
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