Verre-2 赤き狼の宿

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 小屋に戻り、一同はテーブルを囲んで座る。ヴォルフガングが淹れてくれたお茶を各々飲んで一息ついたところで、リオンが身を乗り出すようにして訊ねた。 「あのガラスの毒リンゴはどこで手に入れものなんですか」 「あれは本物だ」 「本物!?」 「本物……を、元に作られた精巧なレプリカだ。レプリカといってもおもちゃじゃないぞ。なんてったって本物のレプリカだからな。希少品だ」 「本物というと、どこかの王妃が王女を殺すために使った毒リンゴ……を模した毒薬の瓶そのものということですか? それの、レプリカ」 「そうだ。本物だと言われている代物はルージュ・ヴァルフォレトにある。随分昔の話だしショッキングな事件だから、本当にあった話なのか、どこの国で起こった話なのかは曖昧で、情報が錯綜して、歴史に残そうとしたり消そうとしたりでよく分からなくなってるが、毒薬の瓶自体は本物だって言われてる。その事件を忘れないために、誰かが作ったらしい」  宿屋の主人がどうして持っているのか、とシャルロットが問うた。レプリカとはいえ精巧に作られた希少なものならば簡単には手に入らないだろう。  ヴォルフガングはにやりと笑った。歪められた口元に鋭い牙が覗く。 「王女様は外泊なんてあまりしないから知らないだろうけど、宿屋だぜ? 色んなやつが泊まりに来る。いいやつも悪いやつも、金持ちも庶民も。ある日、変わったものを集めて売っているっていう変な商人が泊まりに来たんだ。何泊かして、金を持っていないから代わりに商品を置いていくって。それであの瓶を。鑑定してもらったら本物らしいし、それなら物好きなやつらの集まるオークションに出せばたんまり儲かるんじゃないかと思って。毒薬の入った瓶なんて宿に置いておけないしな。顔を隠して匿名で出品したのは、ドミノである俺自身に目を付けられると困るから」 「なるほど……。それじゃあ、イェーガーさんに珍しいものを集める趣味があるわけではないんですね」 「そうだな。まあでも色々あるぜ、俺の宿には。お代の代わりにって作品を置いていく芸術家とかもいるし」 「ガラスの靴を置いて行った客はいませんか?」 「ガラスの靴?」  小屋で休憩する商人達が使い古したひびの入ったマグカップにヴォルフガングは指を這わせた。耳と尻尾がゆるりと動き、首は傾き、眉間に皺が寄る。 「そんなの履いて歩けるのか……?」 「歩けますよ! 俺のリオンですよ!? 俺がガラス職人と靴職人の工房に通って修行して技術を会得してリオンの足にぴったりな大きさで丹精込めて作ったものです! 靴なんて履いていないかのように軽やかに動けますとも!」 「修行したっていうのは初耳だな……。いつから準備してたの。怖いんだけど」  不審者を見る顔をしているリオンにアンブロワーズは満面の笑みを向けた。答えるつもりはなさそうである。
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