Verre-2 赤き狼の宿

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 ヴォルフガングの尻尾が揺れる。 「そういえば、旅の商人が泊まって行ったことがあるな……。レヴオルロージュに行った時、どこだかの貴族に珍しい靴を見せてもらったとか、なんとか言ってたような気もしなくもない」 「もしかしてそれが私のガラスの靴……!」  リオンは立ち上がって身を乗り出した。ランプに照らされた銀色の髪がきらきらと光を散らす。 「いや、ガラスかどうかは分かんねえんだよ。その商人は『実に珍しいものだった』としか教えてくれなかったから。面白い話を事細かに教えてくれるやつもいれば、概要だけしか話してくれないやつもいるからな」 「商人が誰か分かれば、珍しい靴を持っている貴族が誰かも分かるかも……」 「悪いが客の情報をあれやこれやと教えることはできねえな。それに、その商人はもうルージュ・ヴァルフォレトも出発してかなり遠くまで行っちまってるだろうから名前が分かっても話なんて聞けないよ。去年だったかな、うちに来たのは。海も渡ってるかもしれない。俺もアイツの話をしっかり覚えてるわけじゃないし」 「そうですか……」  立ち上がった時に全ての勢いを使い果たしてしまったかのように、リオンはしょんぼりとした様子でゆっくりと座る。  国王から言い渡された期限は建国記念日前日の六月九日である。世界を巡る旅の商人を探し出して話を聞くことなどほぼ不可能だ。ガラスの靴に向かって大きく前進できるかと思いきや足踏みをする形になってしまったが、このまま足踏みをしているわけにもいかない。  カップをテーブルに置いて、シャルロットは気落ちしているリオンのことを突く。 「珍しい靴を持っているという貴族を探しましょう。今もその人が持っているかは分からないけれど、持っているなら見せてもらえばいいし、持っていないのならどこへやったのか訊けばいいのよ」 「見付かりますかね……」 「見付けるのよ! 絶対に! お父様とお母様の前で啖呵切ったわたくしに恥をかかせるつもり!? オール侯爵に笑われちゃうわ! だって、だって貴方、ガラスの靴が見付からなかったら……」  シャルロットはリオンの手をぎゅっと握る。強く、優しく、まだ小さな手が手袋越しにリオンの手を包み込んだ。 「絶対に見付けるんでしょう? これだと思った手がかりは違ったけれど、新しいヒントが見付かったじゃないの。ね」 「シャルロット……」 「時間は限られてる。でも、まだ残ってる。今できることをやらなきゃ。立ち止まっていたら何もできないわ。同じ場所にいるためには頑張って走り続けなくちゃならないんだから、前へ進むならもっともっと走らなきゃ」
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