Verre-3 愛という呪い

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 リオンが意味を理解していないことを察して、アンブロワーズは豆鉄砲を食らったような顔になる。 「覚えて……いないんですか……?」 「何を?」 「覚えていないのなら、それでいいんです。あんなの、忘れていた方がいいので」 「アンブロワーズ」 「はい……」 「君は知っているのか。それなら教えてくれ。私は何を忘れているんだ」 「昔のことです、忘れてください」 「教えて」 「俺の話したことによって貴方が悲しい顔をするところを見たくありません」  普段ならば聞いていないこともうきうきわくわくといった様子で話してくるアンブロワーズが頑なに話そうとしないのが、リオンはとても気になった。余程言いたくないのか、聞かれたくないのか。オレンジ色の瞳には迷いが浮かんでおり、リオンにばかり向けられる視線が今は少し逸らされていた。 「そう。分かった。無理強いはしないよ」  リオンは毛布を掛け直し、翼に寄り添って目を閉じた。 「おやすみ」 「おやすみなさい、リオン」  それから少しだけ時間が経った。懐中時計は日付がそろそろ変わると告げている。時計をしまって、アンブロワーズはリオンの頭をそっと撫でた。銀色の髪に指を這わせて笑みを零し、己の翼の中で眠る姿を愛おしそうに見守る。  木陰から、木の上から、塀の横から、小鳥が目にする令息はいつも遠い場所にいた。四つ下の、小さな小さな王子様。あの家の奥様が命の恩人なのだと母から聞かされて育った小鳥は、その家の令息に目を留めた。負傷したばかりの翼を引き摺って地面を這うように歩いていた小鳥にとって、令息は希望だった。令息を見ると、空を飛び回っているような心地がしたのだ。暗くくすんでしまった世界に花が咲き誇り、風が吹き抜け、鮮やかに色彩が広がった。近付くなんて畏れ多くて、いつも陰から見ていた。  しばらく撫で回されていると流石に気が付いたのか、リオンはうっすら目を開けた。アンブロワーズのことを怪訝そうに見ているが、まだ半分眠っているので抵抗することはしない。 「リオン」 「ん……」 「ただの独り言です。これから話すのは俺の独り言」 「独り……言……?」  アンブロワーズはリオンを見ずに、どこか遠くを見つめている。あくまで独り言であるということだろう。 「あれは俺が十歳の時です。リオンが子爵に連れられて森の中を歩いているのを見付けました。他にも数人貴族のような人達とその使用人がいました。目的は何だったのかな……。狩りか、釣りか……ただの散歩かもしれないし、そこは俺には分かりませんでしたが」 「十歳……? そんなに前から私を?」
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