Verre-3 愛という呪い

3/7
前へ
/140ページ
次へ
 徐々に目が覚めて来たリオンは、撫で回し続ける手を振り払って訊ねる。しかし、アンブロワーズは独り言への質問には答えない。 「おじさんばかりでしたからね、リオンはちょっぴり退屈そうでした」 「十二年前……だよね」 「子爵達から少し離れて、小動物や花の観察をしていました。俺はそれを木の上から見守っていたんです」  十二年前。  小さなアンブロワーズが小さなリオンを見守っていると、草の向こうから大きな動物が姿を現した。それは数頭の狼で、リオンの抱えていたバスケットに狙いを定めて襲い掛かって来たのだ。子爵夫人が持たせてくれた、屋敷の料理人が作ったお菓子が中に入っているものだ。リオンはバスケットを守ろうとして抱え込み、そして、そのまま狼達に引き摺られて行ってしまった。  アンブロワーズは走って後を追った。狼達は草原の一角でリオンのことを離したが、バスケットを抱えている周りを取り囲んで奪う機会を窺っていた。大声で泣き叫ぶリオンを前にして居ても立っても居られず、アンブロワーズは狼達の前に躍り出た。しかし、吠えられて怯んでしまった。 「目の前で大切な人が泣いているのに、自分も小さくて弱かったから、何もできなかったんです。貴方の方が怖かったはずなのに、俺は腰を抜かして、震えることしかできなかった。自分がもっと大きくて強ければよかったのにと思いました。鷲や鷹だったらよかったのに。絵本に出て来る魔法使いのように魔法が使えたらよかったのに、と」  震える足を鼓舞して立ち上がり、強引に翼を動かしてアンブロワーズは飛翔した。飛んだ方が走るよりも速い。自分では戦えない。だから、大人を呼びに行ったのだ。リオンがいなくなっていることに気が付き慌てている子爵に、アンブロワーズは状況を伝えた。大人達が駆け付けたことで狼達は逃げ出し、リオンはぐしゃぐしゃになって泣きながら子爵に飛び付いた。幸いにも怪我はなかったが、それ以降リオンは周りの変化に敏感になり、常に怯えているような状態になってしまった。  それから少しした頃、子爵一家は別荘を訪れた。主がいない屋敷を度々訪れてアンブロワーズは一家の帰りを待った。無理に動かして壊してしまった自分の翼よりも、リオンのことが心配だった。けれど、何をすることもできなかった。 「帰って来た貴方は笑っていました。別荘で何かいいことがあったんだ。よかった。笑顔が戻って来た」 「それって」 「女の子に会ったらしいんです。かわいくて、素敵な子に。あぁ、その女の子は彼に笑顔を与えてくれたんだな。隠れてばかりの俺には何もできなかったけれど、彼の前に現れたその子は彼に笑顔をくれたんだ。いい子だな。その女の子が、ずっと彼の傍にいてくれたらいいのに。でも自分も彼の力になりたい。隠れているだけじゃ駄目だ。俺の力で、彼を幸せにしてあげられたらいいな……そう、思ったんです」  どこかを見つめて独り言を続けていたアンブロワーズが、そこで初めてリオンに視線を向けた。
/140ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加