Verre-3 愛という呪い

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「人が生まれてから死ぬまで、ふりだしからあがりまでの道は決まっているとされています。鵞鳥が首を曲げているようなその道のりの中で我々が実際に踏むマスというのは出目によって変わるものですが、どこへ進もうと全体の道とマスは変わりません。でも、本当にそうでしょうか?」  アンブロワーズは手元でサイコロを転がす真似をする。リオンは思わず存在しないサイコロの行方を目で追った。  ダイス教。ダイスの女神を信仰し、女神が振るサイコロの出目によって人の人生が左右されると考える宗教である。良い出目が出るように、人々は女神に祈る。すごろくと呼ばれるゲームが先かダイス教が先かは明らかになっていないが、どちらも遥か昔から伝わっているものだ。  多種多様な宗教が入り乱れる世界の中で、かなり広い地域で信仰されているダイス教。レヴオルロージュでも古くから信仰され、ダイス教の教会が国内の宗教施設の中で最も多い。 「そのマスに辿り着く前ならば、内容を書き換えることができるんじゃないでしょうか。新しいルートを付けることができるんじゃないでしょうか。狙い通りの出目を出すことができるんじゃないでしょうか。……俺は正直、神というものを信じていません。本当に神様がいるのなら、優しい貴方が継母達にいじめられて苦しむことなんてなかったはずなのだから。それが必要な試練だなどと言うのならば、俺は女神さえも殺してやりますよ」  アンブロワーズは外では言えないような不敬で物騒な話をしながら、リオンに優しい目を向ける。 「俺に力があれば、俺に魔法が使えれば、貴方の進む道がより良い道に、幸せへ続く道になるように手助けできるのではないかと思ったんです。灰かぶりをガラスの君に変身させて、その思いはより強固なものになりました。嫌なことは書き換えて、危険な道は通らないようにして。例え神様がサイコロを振っているのだとしても、マスを踏む前ならば、きっと未来はいくらでも変えられるはずだから」 「どうして……。どうして、君はそこまでしてくれるの。私のために動いて、君自身は? 君は君自身の幸せを目指すべきなんじゃないのか」 「俺が自己犠牲的なことを考えていると思っているんですか?」  独り言を続けていたアンブロワーズがリオンに答えた。  見えないサイコロを振った手をリオンに向け、頭を撫でる。そしてそのまま、顔を包み込む。掴まえたリオンの顔にぐっと顔を近付けて、アンブロワーズはこの上なく穏やかに笑った。狂気と慈愛を同時に浴びてリオンは瞳を震わせる。 「貴方が幸せでいることが俺の幸せです。俺はもうずっとそうやって生きて来たんです。これが……これが俺の見付けた、俺の生き方だから。だからどうか、幸せになってくださいね、リオン」 「……その言葉は呪いだよ。魔法使いの、呪いだ」 「俺が守ってあげるからね、リオン……」  翼が大きく広げられる。そして、リオンの視界は純白に染まった。
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