Verre-1 灰かぶりと魔法使い

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 様々な形のガラスを収集したが、未だにガラスの靴は手元に現れない。リオンが落としてしまったのは一足丸々である。片方は王宮の階段で脱げたので、おそらくあの時王宮にいた誰かが拾っていると思われる。どこかの貴族が持ち帰ってしまったかもしれないし、王宮の使用人が廃棄してしまったかもしれない。実際にはシャルロットが手にしているが、リオンはそのことを知らない。そしてもう片方は、馬に乗っている途中で落としたらしく帰宅した際には脱げていた。急いでいたから、割れた音がしたのかどうかさえ分からない。もしかしたら割れてしまったかもしれないし、割れていないのかもしれない。  貴方にあげたものだから俺のものではないし、靴なんて気にしなくていいとアンブロワーズは言ったが、リオンはガラスの靴を取り戻したかった。あの靴はシャルロットと共に踊った靴だから。あの夜シャルロットと踊った謎の令息が自分だったと証明するのはあの靴だから。似たような衣装は探せば見付かる可能性があるが、リオンの足にぴったりと合うガラスの靴はあれだけだ。 「どうします? ガラスの毒リンゴ、買っちゃう?」 「この上なく怪しいしどう考えても靴ではなさそうだけれど、ものすごく気になる。正直、ほしい。あぁ、もう。いつから私はガラス収集家になんてなってしまったんだ。……こんな調子でガラスの靴に辿り着けるのかな」  植物達とガラス細工達の間を抜けて、リオンとアンブロワーズは硝子庭園の中を進む。出入り口まであと少しである。 「もう靴なんて諦めて、そのまま王女様に会ってしまいましょう。小さい頃に会っているんでしょ。結婚の約束もしたって聞いてますよ」 「私はあくまで父上の名代に過ぎないから、お目通りなんてできないよ。あの靴がなければ私は幼い日に少し遊んだだけの相手に過ぎない。今更現れて何だよって言われてしまう。約束と言っても、あんなの子供の戯言だしさ」 「そうでしょうかね」 「そうだよ。シャルロットに美しい時間を与えたのはあの夜のガラスの君だからね」  第二王女シャルロットの十三歳の誕生日。貴族や豪商が集う舞踏会で彼女の婚約者が発表された。十二時の鐘を聞いて駆け出したリオンは発表を目にしていないが、後日相手が侯爵の息子だと聞いた。シャルロットはにこにこと笑っていたそうだ。皆が手を叩いて喜んでいるのを見て、ただにこにこと。逃げ出そうとしていたのを知っているのは一緒に踊ったガラスの君だけだ。  リオンにとってシャルロットは初恋と言っていいものだった。子供の戯言に心を揺さ振られて、幼いリオンは胸をときめかせた。強い思いがなければ、舞踏会にも行っていない。
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