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学校に行くフリをして、サボることにももう慣れた。
今もまだ雨は降り続いていて、傘を差すあたしが行くところ、知らない誰かが怪訝そうな顔でこっちに視線をやってくる。
知らない、知らない。そんな言葉を胸の中で繰り返し、平然とした様子で大通りを進む。
近くにあたしがいつも行く、橋がかかった河原がある。今日もそこで時間を潰そう。本があるからそれを読むのもいいし、人が来ないからテスト勉強をするのにも向いている。素行は悪いがテストさえクリアすれば、親は何も言わない。先生も。
あたしがどこにもいないようにされているのにも、もう慣れっこだから。
川縁の橋の下に腰を下ろし、そこでようやく傘を閉じた。雲の端から少しだけ晴れ間は覗いているけれど、まだ雨は降っていて、軽い音が響いている。
飴は不思議なもので、地面に落ちれば消える。人や物に当たって跳ね返った雨は、飴にはならない。なるのは手のひらや口の中に落ちたときだけ。よくできた不思議だ。
誰もいない橋の下で、あたしがため息をついたそのとき。
「あれ、誰かいる」
不意に声が聞こえて、あたしは橋の外に目をやった。
傘を差した少年が、そこにいた。
歳はあたしと同じ頃だろう。制服は知らないブレザー。セーラー服のあたしの学校とは違う。透明なビニール傘に、色とりどりの雨がまぶしい。
「君は誰?」
「誰って、別に関係なくない? あたしのことは放っておいて」
あたしは傘を置いて、乾いた草むらの上に座った。少年は動かない。
「ここ、君が使ってるの?」
「そうよ」
「参ったなあ、隣町からわざわざ来たのに。……あ、その傘、もしかして君が噂の傘差し女?」
鞄をまさぐる手を止めて、あたしは知らない誰かを思いきりにらみつけてやった。
あたしのあだ名はまさしくそれだけど、なぜか向かっ腹が立って。
「あんたも傘、差してるじゃない」
「うん。僕が噂の傘差し男だからね」
「傘差し男。……あんたが?」
思わず怪訝な声が出た。友人に聞いたことがある。あたしをまねてる男がいるらしいと。隣町の高校だかなんだかにいる、そこまでは聞かされた。
「そう、僕が傘差し男。よろしくね、傘差し女さん」
馴れ馴れしく言われて、でもあたしは差し出された手を取らなかった。
「あたしはあんたに興味ない」
「どうして? 同じ傘差し仲間じゃあないか」
「人まねなんてしてるやつが仲間だなんて思えない」
「まねじゃあないさ。昔っからこれが癖なんだよ、僕」
彼はずかずかとあたしの側に近寄り、ようやく一息つける、そんな様子で傘を閉じた。
「これが降ってるときに傘差しちゃあ、やっぱりだめなのかな」
「いいんじゃないの。あたしもそうだし」
「だよね。いてもいいよね」
なぜか彼は笑顔を浮かべ、あたしの横に腰かける。
「ちょっと」
「いいじゃないか、同じ傘差し仲間として仲良くしようよ」
こちらに笑顔を向けたまま、ドーナツの箱を掲げて「食べる?」と聞く彼を、あたしは完全に無視した。
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