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 その日から、あたしの日課はちょっと変わったものになった。  傘差し男(名前は知らない)と一緒に橋の下、二人で過ごすようになったのだ。  最初、あたしは警戒した。だけど彼は罰ゲームでもなんでもなく、本当にこの雨を毛嫌いしているようで、そこにだけはあたしも同意だったからちょっとだけ心を許した。 「どうしてこれを食べないといけないんだろうね」  出会って早くも一ヶ月、降り注ぐ七色の飴を見て彼が寂しそうにつぶやくものだから、あたしは数学の予習の手を止めて同じく橋の外を見た。 「みんなが食べてるからじゃないの」 「みんなって誰だろう。ねえ、考えたりしない? みんなって誰のことを指すんだろう、とか」 「それ、堂々巡りになるから考えるのやめたわ。中学生の頃に」 「思考を止めちゃあだめだよ。人間は考える葦である」 「何それ。偉い人のフレーズ?」 「パスカル。って言っても、僕もあんまりよく理解してないんだけどね」  彼曰く、哲学者の名言らしい。どうにも小難しいのが苦手で、あたしはうなる。 「みんなは、みんなよ。社会全体よ。それから外れたあたしたちは社会不適合者、ただそれだけ」 「あ、今はじめて『たち』って言ったね」  いちいちうるさい。なぜか嬉しそうに笑う彼をにらんだ。でも彼はどこ吹く風という顔でドーナツを食べている。ほとんど毎日ドーナツを持ってきては食べているが、飽きないのだろうか。 「僕たちは、このドーナツの穴みたいなものだよね」 「どういう意味よ」 「あるけどない、ないけどある。そして他の誰からも見えない、見られない」  コツン、と小さい音が端の中に響いた。また、雨だ。むしろ飴が降らない日の方が珍しい。音は大きさを増して二人で外を見る。七色の、綺麗だけど恐ろしいものが輝きながら地面に溶けていく光景に、これ以上ない嫌悪感を覚える。  集中が途切れ、イライラして、彼が手で掲げているドーナツをひったくった。ドーナツは半分に割れたけれど、気にせず口に放りこむ。彼は楽しそうに笑う。 「ずっとドーナツ見てて思ったんだけど、今は僕たち、穴じゃあないね。こうして穴を崩して飲みこむこともできるんだから」  穴は穴よ、と言おうとしたけれど、渇いた口の中にドーナツが張りついて、それどころじゃなかった。ペットボトルのお茶を飲み、平静を装って喉の奥に流しこんだ。 「パステルとかドーナツの穴だとか、例えがいちいちわかりにくいのよ」 「パスカルね。それ、友人にも言われたことがあるよ。難しいかなあ、そんなに」 「……友達がいるなら、そいつのとこに行きゃいいじゃないの」  なんだろう、少し胸がズキズキする。鼻で笑うようにして横を見ると、どこか寂しそうに微笑む彼と目が合った。 「もう会えないんだよ」 「会えないって、なんで?」 「理由があるからね。君はどうなの? 傘差し女さん。友達、いないの?」 「失礼ね、いるわよ」  一人だけど、と奇妙にもあたしにつき合ってくれる友人の顔を思い出し、最近めっきり会っていないことに気づく。近々テストがあるから、その際に会えるだろうけど。  それに友人は人気者だ。少なくとも、こんな変わり者なあたしとつき合って陰口をたたかれない程度に。人脈も広いし嫌味がない。あたしとは全然別の人種だな、と我ながら感じる。 「友達は、大事にした方がいいよ」  感慨深げに言われて、あたしは反抗することもできずに口をつぐんだ。  その顔が、笑顔なのに、あんまりにも悲しそうに見えて。  降り続ける雨の音が、やけに大きく響いている。そんな風にぼんやり思った。
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