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ペン先からインクが滲み漏れ、便箋が削れるような音を立てる。
「僕は、ここから少し離れた小さな町に住んでいた。大学もその近辺だった。その町にはね。誰とでも寝てくれるっていうか噂の女が住んでいたんだ」
白髪の男の言葉に先輩は切長のを右目を剥く。
「その女は町の出身ではなく、どこか別の所から流れてきたらしい。いつの間にか小さな町でも吹き溜まりと呼ばれるキャバクラで働いていて。金を払えばどんな男とも寝た」
万年筆は、音を立てて進む。その度に震えるような文字が便箋に刻まれる。
「彼女は、とても美しかった。小さな町には似つかわしくない、垢抜けた雰囲気、吸い込まれるような黒髪、日に当たることを拒むような白い肌、窶れているのに色気漂う滑らかな肢体、その全てが小さな町の男達を虜にし、狂わせた。同級生で彼女に筆おろしをしてもらったと話すのも一人や二人じゃなかった。僕も……その一人だった」
白髪の男の窪んだ目に熱が灯る。
その瞳に浮かぶのは便箋に刻まれた文字と、ここにはいない欲情の対象であった。
先輩は、思わず身を固くする。
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