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「最初はね。僕も彼女で筆おろしをする気なんてなかったんだ。正直、金で身体を売るというのに抵抗もあったし、軽蔑していた。何より男って生き物は時に女性よりも貞操というものを大切にする。初めてはやはり大好きな人としたい。そう思っていた。だけど……」
白髪の男は、万年筆を止め、目を閉じる。
それは雨の日のこと。
大学での講義を終え、バイト先に向かって急ぐ若い白髪の男の前に彼女は現れた。
いや、現れたのではく、彼が彼女のいた場所に偶然やってきただけだが、その時の彼には彼女が突然、空から降ってきたように見えた。
それくらい……彼女は美しかった。
彼女は、どこかに捨てられていたのか?白い猫をきゅっと抱きしめていた。
雨の中、傘も差さず、客を寄せ付けるための薄いドレスはびしょ濡れになって体の膨らみと線がくっきり浮き出させている。吸い込まれるような黒い髪は卵形の白い顔に張り付き、切長の両目で愛おしげに白い猫を見ていた。
まるで何かを思い出すように、悲しげにじっと……じっと見ていた。
白髪の男は、思わず彼女に近寄り、傘を差し伸べた。
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