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「僕は……子どもの顔を知らない。名前も知らなければ性別すら知らない。でも、そんなのは……関係ない」
万年筆が動く。
インクが滲み、染み込みながら文字を刻む。
「僕は、伝えたいんだ。彼に……彼女に……愛してるって。君が生まれてきたのは不幸なことじゃない。君は……幸せになるために生まれてきたんだって。例え会えなくても、顔すらも分からなくても僕は君を愛してる。君の幸せを切に願っている。例え世界中の人間が君を嫌っても、捨てても、僕は絶対に離れない。ずっと……ずっと……魂になろうと君を見守り続ける……だから……どうか」
万年筆の文字と言葉が同時に重なる。
「幸せに」
万年筆の動きが止まる。
白髪の男の言葉も止む。
先輩の切長の右目から涙が溢れる。
白髪の男の手に握られたバインダー、それに挟まれた便箋。
最後に書かれた"幸せに"という言葉以外はインクが滲み、汚れてとても読めたものではない。
しかし、これは手紙だ。
これ以上の手紙なんて……この世に存在するはずがない。
「お疲れ様でした。おじさん」
先輩は、そっと白髪の男の肩に手を置く。
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