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俺たちはまだ付き合い始めたばかりで、どことなく流れる二人の距離感に時々きゅっと胸が締め付けられていた。
あいつは俺に一度も触れてこない――。
キスさえもしてくれない――。
好きって言ったのも、付き合おうって言ったのも、あいつの方が先なのに――。
あいつがキスしてこないのは、やっぱり俺には女みたいな可愛らしさがないから?
それとも、ただ俺をからかっていただけ?
一人の部屋にいると、不安な気持ちが一気に押し寄せてきて、全てを信じられなくなってしまいそうになる。
――こんなに好きにさせといて、無責任もいいところだ!――
そう言いたい気持ちも、本人を目の前にすると言えるわけもなくて――、
「そんな怖い顔して――僕の顔に何かついてる?」
「べ、べつに……」
俺の視線に気づいた君がわざと覗き込むようにして問いかけてくるから、慌てて顔を逸らした。
仕事帰りにもしかしたら会えるかもと、君に教えてもらったあのごはん屋さんへ立ち寄ると、やっぱりいた。
当たり前のように毎回同じ席に座っているから、店内に入ると自然と目が君へと向かう。
そして僕を見つけた君は、すっと視線を戻すと何事もなかったかのように食べかけのおでん定食を食べ進めていく。
俺はそんな君に近づき、目の前にゆっくりと腰を下ろす。
「お疲れさま」
「お疲れ……」
一瞬だけ食べている手を止めてお疲れと俺を見た君に素っ気なく返事をすると、くすっと笑われた。
「何だよ……」
「別に……。ただ、可愛いなって思って……」
「可愛くなんてないから……」
君の視線から逃れるように下を向き小さく答える。
男の俺に可愛いなんて――。
それに、もしも本当にそんな風に思っているのなら、もっと俺に触れてくれたっていいじゃん……――。
そう思ってしまうのは、俺の勝手なの?
「何食べるの?」
「おでん定食」
「珠利、そればっかじゃん」
「颯天だって、同じじゃん」
「僕は、ここのおでん定食が好きで通ってるんだからいいの」
「じゃあ、俺だって……」
「ふーん……。あっ、おばちゃん! おでん定食一つ追加で」
「はいよ!」
相変わらず慣れ親しんだように俺のごはんを注文してくれる。
さっきの「ふーん……」って言った表情は少し意味ありげな感じで、俺の気持ちなんてお見通しとでも言いたげだったのに、それは一瞬で変わった。
親しい人に対して見せる柔らかい顔――俺は時々見せる君のこの表情が好き。
普段から決して無愛想なわけではないけれど、部署が違う俺たちはたまに会社ですれ違う。
遠くにいてもすぐに見つけてしまう君の姿から目が離せないでいると、俺を見つけた君がふと柔らかく笑うんだ。
その度にどきっとする胸――。
お互いが誰かと一緒にいるときは、ただすれ違うだけ。
お互いが一人の時は、立ち止まることはないけど少しだけ歩くスピードを落として軽く声をかけたりする。
付き合ってるといっても、それはあくまで俺たちだけの秘密。
誰にも言えない関係だから――。
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