33人が本棚に入れています
本棚に追加
入社式に間に合うようにと、就職祝いで両親からスーツ、ビジネスバック、ネクタイ、靴などの一式をプレゼントされ、それを着て僕は入社セレモニー会場へとやって来た。
受け付けにいる人へと近づき、『新入社員の池脇颯天です』と伝えると、社員証を渡され、中へ入るように言われる。
そのまま中へ入って行くと、たくさんのイスが並べられていて、その一つに姿勢良く座っている男を見つけた。
それが誰なのかは、後ろ姿だけでもすぐにわかる。
間違えるはずなんてない――。
あいつの名前は、今井珠利だ。
あいつも合格したんだ――。
ゆっくりと近づいていき、自分の名前の書かれているイスへ腰を下ろすと、少し離れた場所にいるそいつに視線を向ける。
――どくん――
真っ直ぐに前を向いている横顔があまりにもキレイで、胸の奥がどきっとした。
しばらくすると、お互いの隣にも同じように新入社員である人たちが座り始め、いつしか会場には全社員が集まっているようだった。
代表の挨拶から始まり、お祝いの言葉や会社についての説明などが一通り終わると、新入社員紹介と一人一人の名前が呼ばれ、前へ出るようにと声がかかる。
「企画課配属、池脇颯天」
「はい」
ここで初めて自分の配属される部署が明らかになり、ゆっくりと前へ出て行く。
「インターナショナル開発課配属、今井珠利」
「はい」
座っていた場所が違っていたことから、何となく部署が違うことは予想していたけれど、やっぱりそううまくはいかないものなんだとつくづく思う。
イスから立ち上がると、そいつも前へと出てきて、すーっと僕の隣に立った。
――へえ、結構背が高いんだ――。
僕よりも少しだけ背が高くて、ゆるくカールした髪、まつげがくるんと上を向いていて、ぷるんとした肉厚の唇は、目が離せなくなりそうなほど赤くて、思わず見惚れてしまう。
男のそいつにどきどきしている自分に戸惑いながらも、僕は何となくその答えに気づいていた。
「それでは、新入社員代表の今井珠利さんより、挨拶をお願いします」
「はい」
一歩前に出ると、マイクを手渡され、そいつは軽く会釈をして、
「新入社員の今井珠利です。今日からここにいるメンバーが新入社員としてお世話になります。会社のために全力で精一杯力を出して行きますので、ご指導のほど、よろしくお願いします」
言い終わり、もう一度会釈をすると、マイクを手渡し、元の位置へと戻ってきた。
何だ、今日は当たり障りのない言葉でまとめている。
そう思っていたら、すーっと体を動かして、『すみません』と小さく言ってマイクを再び手に取ると、
「俺たちは、ここに何もわからないまま立っています。これから色んな迷惑もかけると思います。それでも俺たちを必要としてくれたこの場所で、自分のやるべきことを見つけ、精一杯あがいてみせます。だから、みなさんも全力で向き合ってください。そうすれば、必ず人は成長するから。ちゃんと向き合えば、分かり合えると思うから。いい関係を築いていけると信じています」
会場からは、『なかなか言うな、あいつ』とか、『すごいなぁ』とか、色んな言葉が飛び交っている。
僕もそいつの後ろ姿を見つめながら、『やるじゃん!』って思った。
でもその後、僕はこっそりと見てしまったんだ。
言い終わった後に、誰にも気づかれないように、そいつがぐっと拳を握りしめていたことを――。
そして、その肩が微かに震えていたことを――。
その日から、僕の視線の先には必ずそいつがいた。
気がつけばそいつを目で追っている自分がいる。
僕はきっと、初めて会ったあの日から、今井珠利に惹かれていた。.
最初のコメントを投稿しよう!