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惹かれていく想い
配属された部署が違っても、今井珠利の姿は目にすることができた。
毎朝、出勤時間は必ず僕の前を歩いていること。
昼休憩には、同僚のやつらと一緒に社員食堂へ行くこと。
時々、喫煙ルームにいる姿を見つけるから、煙草を吸うということ。
少しずつそいつのことを知る度に、また好きという気持ちが増えていく――。
何よりも僕がそいつのことを気にしてしまうのは、今井珠利は入社式で言ったことを、精一杯にやっていたからだ。
わからない事だらけの毎日の中、たくさんの資料を抱え、走り回り、先輩たちに言われた事を必死でこなしている。
帰りだって、みんながいなくなった部屋で机いっぱいに広げた資料を見つめながら、一生懸命にそれを頭にたたき込んでいた。
たまたま任されていた仕事が終わらずに残業して帰ることになった日――。
何とか片付けて部屋を出ると、ある部署から少しだけ灯りが漏れていて、何気なく近づいたドアの先に見つけたのが、今井珠利の姿だった。
真剣な表情で、肘を立てながら頭を支え、ページを何度もめくり、何かヒントを見つけたのか、『はっ!?』とした顔をしてペンを持つとメモを取り、また真剣な表情に戻る。
そんなことを何度も繰り返している姿は、ずっと見ていても飽きない。
僕は、すぐ近くにある休憩所へ行き、缶コーヒーを二本買ってそいつの部署へ戻ったけれど、そこに今井珠利の姿はなくて、まだ開きっぱなしの資料であふれている机の上に缶コーヒーを一本置いて、会社を後にした。
それからも、いろんなそいつを発見する度に、自分の気持ちが大きくなっていることに正直驚いていた。
でもそれと同時に、こうなることをどこかで予想もできていたのかもしれない。
近づきたいと思っても、近づくことのできない距離――。
話したくても、話しかけるきっかけさえ掴むことができないまま、季節だけが過ぎていく。
本当は、無鉄砲な男だと思われてでも手に入れたいと感じていた。
だけど、自分の気持ちを真っ直ぐに貫いているそいつに対して、そんなことはできない、してはいけないと思えてならなかった。
なかなかタイミングを見つけられず、気持ちばかりが焦る毎日。
そんな時に飛び込んできた会社の親睦会という名のパーティーが開催されるという話。
これがチャンスだと思った――。
部署の違う僕たちが自然と顔を合わせることができるのは、ここしかない、そう思った。
まさか、あんな現場を目撃してしまうなんて考えてもいなかったから――。
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