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部署が違うだけで、すれ違うことはあっても、声をかけるタイミングがないまま、また時間だけが過ぎていた。
あの雨の日も、駅まで俺を送った後、池脇颯天は電車には乗らずに帰って行った。
今朝は、昨日終わらなかった仕事を片付けてしまおうと、いつもより一時間ほど早く出社して、デスクに座りPCと向き合っている。
――コトン――
そっとデスクに缶コーヒーが置かれて顔を上げると、そこには同じ缶コーヒーを持った池脇颯天が立っている。
「あっ、おはよう」
「おはよう。今日は早出?」
「うん。昨日終わらなかった仕事があって、早めに来た」
「そうなんだ。僕も今日はやらなきゃいけない仕事があって早く来たら、あんたの姿が見えたから」
「そうだったんだ。これ、ありがとう」
「うん。飲んで仕事頑張って」
「ああ、あんたもね」
「じゃあ、また」
「うん、また」
短い時間の中で交わした言葉が単純だけど嬉しくて、手の中にある缶コーヒーを見つめながら君のことを思い出す。
ついさっきまでここにいたはずの相手に、またすぐ会いたいと思っている俺はどうかしてる?
それでも、この缶コーヒーが今日の俺の一日に頑張る力を与えてくれたことは間違いない。
仕事が始まってからも休憩時間さえなかなか取れないまま残業して、時計を見ると20時を回っていた。
何とか目処がついたこともあり、PCの電源を落としてオフィスを出る。
ふと外に出た瞬間に思い出したあの雨の日に二人で行ったごはん屋さん。
自然と足が向かい、俺は店の前までやってきた。
――いるわけない……――
頭ではわかっていても、もしかしたら――という期待にかけて店のドアをスライドさせる。
「いらっしゃい」
「あっ、こんばんは」
「あらっ、この間の……。颯天君ならあっちだよ」
「すみません。ありがとうございます。あの、この間の……」
「ああ、おでん定食ね。すぐ持ってくから座ってて」
「はい」
店のおばさんが指差した方に視線を向けると、そこには一人でテーブルに座っている池脇颯天がいて、向こうもこっちに気づいたのか、箸を持ったまま俺を見つめている。
そんな視線に負けないように、俺はゆっくりと彼に近づいていく。
「ここ、いい?」
「どうぞ」
「じゃあ、遠慮なく」
すぐ隣に立って問いかけたら、案外すんなりと返事がきて、向かい合わせになるように席へつく。
「ここ、僕の行きつけなんだけど?」
「うん、知ってる」
「じゃあ、何でいるの?」
「そんなこと聞かれても、ただここの味を思い出したから」
「ふーん……美味しいって思ってくれたんだ」
「まあね」
「そっか。でも、あんたが来るとは思わなかったな」
「なんで?」
「だってほらっ、オシャレなバーとかの方が好きそうだし」
「まあ、嫌いじゃないけど……。どっちかっていうと、こういうところで焼酎とか飲む方が好きかも」
「へえ、そうなんだ。お酒、好きなの?」
「まあまあかな。あんたは?」
「僕は飲まない」
「飲めないじゃなくて?」
「あーっ、どうだろ……? 飲もうと思わない」
「飲みたくなることとかはないの?」
「そりゃあるよ。飲んで忘れたいって思うこと。それでも、どこかでセーブする」
「ふーん、そっか……」
何でもない会話をしながらやり過ごしているけど、本当はすごくどきどきしていて、もっと話したいって思うのに、上手く言葉にできなくて、『はい、お待たせ』って、おばちゃんが定食を運んできてくれたのに、愛想笑いもできないくらい余裕なんてなくて――。ただ黙々と出てきた食事を口へと運んでいた。
何となく感じる視線に顔を上げると、ぱちりと目が合う。
「な、なに?」
「ううん……。ただ、こうしてあんたが僕と向かい合わせでごはん食べてるのが不思議だなって思って」
「そう?」
「うん。だって、こうやって話せる日が来るなんて思ってもいなかったし」
「まあ、確かに……。俺だって、あんなことがなかったらあんたのこと知らないままだっただろうし……」
「だからやっぱり気になって見てしまうんだと思う」
「そ、かもね……。俺もそうだから……」
お互いに、今ここで二人でいることをまだ信じられずにいて、それでも目の前にいるのは池脇颯天で、俺が今日ここへ来たのはこいつに会いたいからだったんだと改めて感じている。
もうすぐすべての料理が食べ終わってしまう――。
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