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その後の二人
あの日の夜、僕のマンションへ向かい、そのまま朝までベッドの上で抱きしめたまま眠った。
本当はすぐにでも珠利を抱きたいと思ったけれど、焦らなくたっていい。
今は一緒にいられるだけでいいって、そう思った。
シャワーを浴びて僕のスウェットを着た珠利は、恥ずかしそうに頬を赤くして、ソファに座っている僕の横に腰を下ろす。
その体をふんわりと包み込むように抱きしめると、『僕もシャワー浴びてくるから』と耳打ちする。
静かに頷いたのを確認すると、僕は珠利の体を自分の腕の中から解放してシャワールームへ向かう。
離れた瞬間に見せた名残惜しそうな、離れないでと訴えるようなあの表情が僕の脳裏に焼きついている。
まだ好きだとお互いに言葉にはしていなくても、相手の表情から伝わってくる想い――。
お前も僕を好きになってくれた――そう思ってもいい?
シャワーを終え、スウェットを着てリビングへ戻ると、ソファの背もたれに体を預けながらうとうとしている姿が目に留まる。
ゆっくりと近づいていき、そっと頬に触れると、閉じてしまいそうな瞼を開けて、『おかえり』ってふにゃりと笑った。
「眠い?」
「うん……少しね……」
「じゃあ、このままベッド行く?」
「あっ、うん……」
ベッドという単語に反応したのか、視線を下へ向けながら頷いた珠利に手を差し出すと、きゅっと握ってくる。
そのまま自分の方へ腕を引き寄せると、ソファから立ち上がり向き合う形になった。
僕よりも少し背が高い珠利――いつものスーツ姿じゃないお前は、何だかすごく新鮮で、だけど今ここにいるのが幻なんじゃないかって思ってしまうくらいの近さに、思わず握っている手に力を入れる。
「颯天……?」
「あっ、ごめん。痛かった?」
「ううん……。大丈夫」
「じゃあ、行こう……」
手は繋いだまま、僕は体を回転させると寝室へと歩き出す。
リビングの奥にある寝室のドアを開けて、部屋の明かりをつけると、そこにあるのはシングルサイズのベッドだけ。
「小さくない?」
「仕方ないだろ。一人で寝るにはこれくらいでちょうどいいんだから」
「そ、だよね……」
「いやだったら、僕はソファで寝るけど……」
そう言って見せると、握っていない方の手で僕の腕を掴み、ふるふると首を横に振っている。
そんな必死に首を振らなくたっていいのに――。
さすがの僕でもすぐ隣にお前がいて、離れて眠るなんてことできるわけがないんだから。
先にベッドへ上がり、掛け布団を捲って腰を下ろすと、『おいで』と手を引っ張った。
僕のすぐ目の前にちょこんと膝を折る体勢になり目が合うと、恥ずかしそうに視線を逸らされる。
「ねえ、今日は帰さないって言った意味……わかってる?」
「うん、わかってる……」
「だったら、俯いてないで僕を見なよ」
「だって俺……、まだ信じられなくて……何か、颯天と一緒にいるってわかってるのに、夢なんじゃないかって思ってて。このまま眠ってしまって、朝起きたら颯天がいなくなってるんじゃないかって思っちゃって……」
「そんなことあるわけないじゃん……」
「けど……」
「やっと捕まえたのに、離すわけないだろ。ただ、まだ伝えてなかったよね……」
目を合わせるように覗き込むと、珠利も逸らさず僕を見てる。
「ずっと好きだった。珠利のこと……。僕たち、恋人にならない?」
「恋人……? 俺――男だけど?」
「そんなことわかってる。でも、僕は珠利が好きだから。珠利は? 僕のことどう思ってる?」
「……す、き、好きじゃなきゃ――ここにいるわけない……」
一度僕から顔を逸らして、またすぐに潤んだ目で視線を戻してきた。
ああ……、僕はやっぱりお前が好きだ――。
こんなにも愛しい――。
珠利の体を引き寄せて柔らかく包み込めば、僕と同じボディーソープの香りの中に、お前の匂いが混ざって鼻の奥をくすぐる。
「今日はこのまま眠ろう。もっともっと僕を好きになったら、珠利の全てを僕にちょーだい」
「もっとって……?」
「もっとだよ。僕が珠利を好きなくらいの好きになったら」
「それって……俺の好きはまだ足りないってこと?」
「もういいから……。寝るよ」
「何だよ……」
抱きしめていた腕をほどいて、ベッドへ横になると、
「ほらっ、おいで……」
隣に来るよう腕を伸ばすと、するりと腕の中に体を潜り込ませてきた。
今はまだこのままでいい――。
こうして腕の中に抱きしめることができているだけでいい――。
お前がもっと、もっと僕を好きになって、心の中が僕でいっぱいになったら、その時はたくさんのキスをしよう。
「ねえ珠利、返事は聞かせてくれないの?」
「あっ……」
抱きしめた腕の中で耳元に唇を寄せて問いかけると、くすぐったそうに肩をすぼめて僕の胸に頭をこつんと当ててくる。
「僕と付き合ってくれる?」
「……うん、付き合う……」
「きっと、すぐに僕のことで頭がいっぱいになるだろうから、覚悟して」
「何なんだよ、その自信……」
「おやすみ珠利……」
「んっ、おやすみ……」
男二人では小さなシングルベッドで、僕たちはいつの間にか安心したように眠りについた。
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