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出会い編
ポストに届いた一通の封筒。
その中には、面接に行った会社の合格通知書と、入社案内の書かれた用紙が入っていた。
いくつもの会社へ面接に行き、ようやく内定をもらえたのが、この一社。
やっとの思いで就職活動の地獄から解放されると思うと、本当は嬉しいはずなのに、玄関に脱ぎ捨てられているボロボロの靴を見て、グッと拳を握った。
何度も同じ質問をされ、何通りもの答えを考え、当たり障りのない回答をし続けていた日々は、いつの間にか本当の自分を見失っていた。
そんな時に出会った一人の男――。
そいつは面接の時に、他の誰もが目を丸くするくらいばか正直で、ただ本当の自分をぶつけていた。
「お名前は?」
「今井珠利です。よろしくお願いします」
「どうして、この会社の面接を受けようと思ったのですか?」
「はい。御社で50社目の面接になります。僕は、そんなに器用でもないですし、やりたい事があるわけでもない。正直、御社のことも何もわからないままここにいます。今はまず、就職先を決めて安心したいという気持ちしかありません。だからここに来ました」
一瞬で、そこにいた面接官や、受けに来た奴らがざわつき始めた。
それなのに、そいつは全く動じることなく姿勢良く立っている。
僕はそんなばか正直な男から、目が離すことができないでいた。
ずっとキレイ事ばかり並べていた自分が、何だかばからしく思えてしまう。
そうだ――合格することにとらわれすぎて、いつの間にか自分自身の気持ちを圧し殺してしまっていたんだ。
それでも僕は、やっぱり当たり障りのない言葉を並べていた。
「どこでもいいから就職したいという思いでここにいます」
そんな台詞は、思っていても言葉にする勇気なんてなかった。
たった一言だけ伝えた自分の気持ちは、「どんなことでも全力で精一杯やります」だった。
きっと僕の取り柄なんてそれくらいしかない。
だけど、その言葉が今の僕にできる精一杯だったんだ。
半ば諦めていたこともあり、今ここに合格と書かれている用紙があることもまだどこか上の空で、何度も見返す。
結果は何度見たって同じで、その用紙には『採用』という文字がはっきりと書かれている。
日が暮れた頃、スマホを手に取り、両親へ電話を掛けた。
「合格したよ」
そう告げると、電話の向こうで母さんは安心したように泣いていて、父さんは『良かったな、おめでとう』と言ってくれた。
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