★軽いベッドシーンの描写あり

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★軽いベッドシーンの描写あり

 シャッター音が合図だったかのように、背後の噴水が暴れ出し、驚いてその場から離れた少女は、途端に涙目になり、スマートフォンを構えた母親の胸に飛び込んだ。 「大丈夫よ、麗奈(れいな)。お水はここまで来ないわ──」  暴れ狂う噴水に目をやった麗奈は、水流の中に美しい女神像を見た。水を湛えて微笑む女神は(たお)やかに、面立ちは楚々として見えたが、瞳に嵌め込まれた緑色の石が恐ろしく、 「どうしてあんな怖い目の色をしているの?」  母親の胸に頬を埋め、緑色に耀(ひか)る瞳の理由を尋いた。 「どうして怖いの? ママも、麗奈だって同じ緑色なのに」 「違う、違うわ。あんな怖い緑色じゃないわ──」  笑う母親へ、麗奈は全力で反論した。  幼心にその印象を深く刻み、麗奈は自分の瞳色が大嫌いになった。  中学生になった麗奈は、仲良しグループでの漫画本の貸し借りが、日常の細やかな楽しみとなり、色々な作品に触れた。好みの恋愛物ばかりでは無く、神話や、都市伝説の類いがモチーフの漫画も回って来て、沢山読んだ。  その中の一つに、緑色の目をした女神の出てくる漫画があった。カラーページでは無く、モノクロの紙面だったはずが、強烈に色を感じたのは、幼いあの日に見た、噴水の女神像の印象に他ならなかった。  漫画のストーリーは記憶に薄く、思い出せずいた麗奈だが、登場人物が語ったセリフに、『嫉妬の女神は、燃えるような緑色の瞳で──』と言うものがあり、緑色が燃えると言う表現も恐ろしくあったが、女神の絵があまりにも美しく描かれていて、それが却って、冷酷な印象を深く刻み、麗奈に激しい恐怖を植え付けた。  麗奈にとって、嫉妬の女神のイメージは、嫉妬心の恐ろしさそのものだった──同時に麗奈は、自分の瞳色へのコンプレックスを一層強くし、外出時は必ず、鳶色のカラーコンタクトレンズを装着するようになっていた。 ♚ ♚ ♚  ニーベルクで暮らす悪友、箱崎 徹(はこざき とおる)からの、国際電話で起こされた恩塚 武尊(おんづか たける)は、気持ち良さそうに隣で眠る、白露(しらつゆ)の穏やかな寝息を聞きながら、起こしてしまわないように、そっと腕枕を外した。  徹からの電話は、これで三度目だった。日本との時差などお構い無しに、ニーベルク(向こう)は昼下がりだからと、何時も夜明け前に起こされるので敵わない。  ベッドから降りて、キッチンへ向かい、廊下に出ると、突き当たりの明かり取りの小窓は、未だ真っ暗だった。  フットライト頼りに進んだ武尊が、キッチンに辿り着き、冷蔵庫の扉を引くと、一瞬で眩い光りが部屋を走った。  ミネラルウォーターのボトルを煽り、ふぅ──と一息吐いた時、 「……旦那さん──」  眩しそうに眼許を擦りながら、キッチンに白露が姿を見せた。 「すまない、起こしたか」  武尊が起き上がった気配に気付き、追い掛けて来たのだろう白露は、昨夜睦み合い寝就(ねつ)いたそのままの、肌を露出させた淫埒(しど)けなさだ。慌てて駆け寄った武尊は、自分が羽織ったガウンを脱いで、白露の身体を覆った。 「まだ夜中だ、ベッドへ戻ろう」  華奢な身体を押しながら、寝室へ促しベッドへ入った。 「お電話、こないだの──ニーベルクの方なのですか?」  武尊に抱かれ、胸に頬を寄せた白露は、感触を愉しむように、何度も足先でシーツを撫で、武尊は、その愛らしい足を同じように、シーツを(まさ)ぐった足先で擦り、返事をしながら、口唇を(ついば)んだ。一頻り接吻(くちづ)けを交わした二人は、吹き上がった情熱を互いの腕に込め抱き合うと、白露は身体を開き、武尊は指先へ想いを馳せ、滑らかな肌を丁寧に愛撫した。  二人の吐息が、甘く切ない尾を曳いて霞んで消える頃、うっすら空が白み出し、乱れた呼吸に愛しさを囁き合った二人は、気怠い睡魔に絡め捕られて、穏やかな眠りへ堕ちて行った。  徹からの四度目の電話は、週末土曜日の午後、ケーキの小箱を、武尊が冷蔵庫から取り出した時だった。 「旦那さん、電話が鳴っています」  優雅なメロディーを奏でる武尊のスマホを、(うやうや)しく重ねた手の掌へ乗せ、白露がキッチンに現れた。スマホを受け取った替わりに小箱を渡し、武尊が着信に応答すると、挨拶も端折(はしょ)って、晴れやかな徹の声が聞こえて来た。 『よぉ。今、羽田に着いた。寒みぃなぁ日本──』  笑い声に絡めぼやいた徹は、明日、武尊(この)のマンションを訪ねると、相手の予定を確認もせず告げ、『じゃぁな、よろしく』と一方的に通話を切った。 「明日、箱崎って男が来るそうだ」  白露に告げた武尊が、キッチンカウンターへスマホを置き、 「なに、気を遣うような男じゃ無い、心配するな」  不安気に、表情を曇らせた白露の頭を撫でた。武尊の言葉を聞いても、表情は晴れなかったが、ケーキの箱を抱えた白露は、コクリ──と小さく頷いた。
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