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第1話 イケメンパティシエ駿也とプリンと美女ふたり〈前編〉
世界には、摩訶不思議な現象が溢れている。
夜七時半――。
オフィス街の一角の手入れの行き届いた美しい公園に、キャーキャーと女性が群がり溢れていた。
仕事帰りのOLや女子高校生や女子大生やら、彼女たちの華やいだ雰囲気に囲まれているのは一台のキッチンカーである。
「「きゃあっ、駿也さ〜ん♡」」
「見た見た? 駿也様の貴公子スマイル!」
「キュン死する〜♡」
「写真、一緒に撮って下さい」
根津梨音は、会社の二つ年上の先輩の鹿園寺星羅に無理矢理引っ張られて、ここにやって来た。
「梨音、最近おかしいよ。体調悪いんじゃない? 悩みごと? ここのイケメンのスイーツを食べたら、悩みも吹っ飛ぶって」
「そんな良いですよ〜。私、こんなバーゲンセール会場みたいに女性の熱気でクソ熱い場所、苦手なんですから」
「もう、そんな事言わずにさ。行こう行こう。さあさっ、梨音。並ぼ〜、並ぼう」
星羅にぐいぐい背中を押されて仕方なく、梨音はキッチンカーの行列に並ぶ。
キッチンカーの前には、白い椅子が10数脚とパラソル付きのテーブルも幾つか配置されている。
テイクアウトも出来るけど、ここで食べることも可能なんだね。
「だいたい、私は晩御飯食べたいんですぅ。今はスイーツよりも」
「あ〜、わぁ〜った。分かったからね。駿也さんの絶品和三盆プリンを食べるのを付き合ってくれたら、美人でデキる先輩、この鹿園寺星羅が駅前に出来た小洒落た串焼きのお店に連れて行ってやろうではないか。もちろんプリンも串焼きもおごりだぞ〜」
「和三盆プリン、串焼き……」
実は梨音はプリンが大、大、大好物である。
子供の時からとにかく大好きで。
熱を出した日にお母さんがプッチンと出来るプリンをあーんして食べさせてくれてからは、心や体が弱った時には必ず食べたくなる。
かためのプリン、とろけちゃうほど柔らかいプリン。
いちごプリン、かぼちゃプリン、抹茶味や焼きプリン……、どんなプリンも大好き。
梨音は思わずにこにこ、ワクワクとした気持ちになる。
「それにしても星羅センパイ。ここのプリンって、すごい人気ですねぇ」
「もっちろん、プリンもめちゃうまだよ? だけど、ここに並んでいる女子の皆さんの目当ては、それだけじゃあないのよ」
「人気の一つは味ともう一つ、あの、イケメンなオーラをば放ちまくっているパティシエさんですね?」
「そうそう、分かっとるではないか。パティシエの駿也さんの天使級で気高き貴公子スマイルにハートをぶち抜かれた女子は多い。それにね、恋占いもやってくれるのよ。あとね……」
「――はい?」
星羅センパイが急に小声になるので、耳をそばだてて梨音は続く言葉を待った。
「あの駿也さんね、イケメンパティシエでありながら、本業は悪魔退治や悪魔祓いをしてくれる、退魔師ってやつなのよ」
「……はっ?」
「だから、退魔師」
「星羅センパイ、私をからかってますぅ? プププッ。悪魔なんているわけないじゃないですか〜」
笑う私の両頬を、星羅センパイはぎゅむっと両手でつまんで引っ張った。
「梨音、アンタね〜。悪魔ってほんとにいるんだから。そんな馬鹿にしてると後悔するわよ? まっその実、アタシも本物を見るまでは信じてなんかなかったけどね」
「えぇっ、どうゆうことですか?」
星羅センパイとじゃれるようにお喋りしているうちに行列の先頭になっていて、私たちの順番になった。
「いらっしゃいませ。あぁ、お元気でしたか? 鹿園寺さん。今日も麗しく、ひときわお綺麗ですね」
「こんばんは、駿也さん。やだ、綺麗だなんて。重々自分の美しさは分かってます。先日はお世話になりました」
セ、センパイ。さすがです。
綺麗ってとこは否定しない。
「もう、変わりはないですか? あれから何もありませんか?」
「はい、平和です。普通な日常、毎日ハッピーに過ごせてますわ。それもあの時助けてくれた駿也さんのおかげです」
あ・れ?
星羅センパイと駿也さんってイケメンなパティシエさん、ちょっと親しいっぽいよね。
なんかあったのかな。
「いえいえ、俺は大したことはしていませんよ。何事もない平和な日常が一番です。楽しくお過ごしなら何よりです。それでは、今日のご注文はプリンだけですか? ……あぁ、もしかして本日今夜は鹿園寺さんのお悩みではなく、そちらにお連れの可愛らしい方の方ですか」
「えぇ、そうです。見てもらえますか? 可愛い後輩の梨音の身に何が起こっているかを」
「かしこまりました。プリンを召し上がられながら、少々そちらでお待ちいただけますか。スイーツだけのお客様が帰られるまで」
ちょ、ちょっと待って!
勝手に話が進んでるけど、『梨音の身に』ってどうゆうこと〜!?
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