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一通りの肉を食べ終え、皿の上に残ったのは神様の肉のみになった。
美琴曰く、神様の肉はこの村の特産品で、とても美味しいらしい。残念ながら、それ以上の情報は出て来なかった。
要は食べてみるまで何の肉か分からないし、食べても何の肉か分からないかも知れないという事だ。知らない土地で得体の知れない物を口に入れるにはかなりの勇気が必要となる。
私が葛藤していると、既に完食した美琴が心配そうな表情でこちらを窺っている。
私は、意を決して神様の肉を口に入れた。
咀嚼し、味わい、飲み込む。それを繰り返す。
皿が空になって、美琴もどこか安心したような表情になったところで、私は一つの疑問に行き当たった。
何故、この肉が神様の肉なんて呼ばれているのだろう。
全員の食事が終わり、特にこれと言った挨拶も無く会食は終了、解散の雰囲気となった。
背中に視線を感じて振り向くと、部屋の隅に立つ出水さんと目が合った。すると、出水さんは軽く微笑んで部屋から出て行った。私を呼んでいる、そんな気がして、私は出水さんの後を追った。
部屋を出て廊下を進み、公民館の裏、外へと続く扉を開ける。瞬間、出水さんに手首を掴まれ、強い力で抱き寄せられた。
突然の出来事に声も出せず、体が硬直する。
「貴方、既に知ってる人でしょ?」
耳をくすぐるその声は優しく、頭の中に甘く響くようだった。
「でも少し意外だった、貴方みたいな大人しそうな子が神様の肉の正体に気付くだなんて……」
「……どうして、あれを神様の肉だなんて言って皆に食べさせてるんですか?」
「ふふ、やっぱり気になってたのね……でも、それを聞いて貴方はどうするのかしら?警察に通報でもするの?」
肩と腰に回された手の力が強くなり、服の上からでも相手の体温が伝わってくる程に体が密着する。少しの息苦しさと香水の匂い、伝わってくる熱が体温を上げ、まるで風邪でも引いたように思考がぼやける。
「何も、しません……美琴が変われ、たのは、食道のおかげ、ですから…それを害するような事は…できません……」
「そんなにあの子の事が大切なの?」
「私は…美琴の為なら……」
※※※
高校生の頃、クラスでいじめがあった。
いじめの対象は美琴で、主犯はクラスで二番目に可愛い女子生徒。名前はもう思い出せない。
彼女は事ある毎に美琴を加害者、自分を被害者にして周囲に美琴を攻撃させた。他の生徒も先生も、みんなが自業自得だ、当然の報いだと彼女を助けようとしなかった。
美琴の性格は確かに最悪なものだったが、美琴の心はそれ程強くはなかった。強くないからこそ、他人を責める事で自分の心を保とうとしていたのだ。
私だけが知っている。美琴は、私の前でだけ涙を流すのだ。
だから私は美琴を助ける為に主犯の女子生徒の全てを調べた。住所、家族構成、両親の職業、生活時間、行動、クセ、交友関係、好きな人、将来の夢、コンプレックス、過去から現在に至るまでの彼女の全てを調べた。
そして誰にもバレずに彼女を殺し、死体を消した。
正直、かなりの肉の量に苦戦したが、美琴を助けられるなら私は頑張れた。
きっと私は、美琴の為ならどんな事でもできる。
※※※
「本当にあの子が大切なのね……うん、良いでしょう、特別に教えてあげる。でも、大きな声では言えないからこのままでね」
腕の力は弱まったが、出水さんは依然として私を抱きしめたまま耳元で囁く。
「まずは神様の肉、あれ、七歳になる前の子供の肉なの。ほら、日本には昔から、七歳までは神のうち、って言葉があるでしょ?だから神様の肉なの」
「その子供たちは、どうやって……?」
「食道に参加している方々の中には、自分の赤ちゃんをこの村で出産して、出生届を出さずに譲ってくれる方も居るの。ほら、今日の会食にも若いご夫婦が何組かいらっしゃってたでしょ?それに、その他にも色んな方々から寄付してもらってるわ」
そう話す出水さんの声は、小さな子供に読み聞かせをする母親のように優しかった。
「でも、なんで子供の肉なんか食べるんですか?」
その質問を待っていたと言わんばかりに出水さんの声は少しだけ高揚し、耳にかかる吐息が熱くなる。
「生物の体は、食べた物で形作られる。これは会食の挨拶で言ったわよね?つまり、神様を食したのなら、私たちの体は少しずつ神様に近付いていく。神様に近付いた私たちのような人間から生まれた子供は、私たちより、もっと神様に近い存在になる。そして、その子供にも神様を食べさせる。そうやって何回も繰り返していけば、きっといつか、本当に神様が生まれる……食道とは、食事によって神へと至る道を作る事なの」
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