11人が本棚に入れています
本棚に追加
10
深く深く息を吸う。
そっと音に気付かれないように息を吐く。
あの頃と同じように、息を潜めながら。
「えー、十人寄れば気は十色、と申しますが……」
遠くで誰かが噺をしている声が聞こえる。
影に身を潜めるように小さくなっている栄助の耳に朗々と響く声。
誰の声だろう。
そうだ、師匠の声だ。
栄助はゆっくりと目を開けた。
※
望まれて生まれたわけではない。
それは栄助だけでなく、栄助の母親も同じだったのだろう。
誰の子かわからない。墮胎を望むもしぶとく腹の中に居続けた我が子。
仕方なく産んだ我が子を愛せなくても仕方ない。それでも親の顔を知っているだけ幸せなのだろうか。
生まれてみると情が湧いたのか、それとも栄助が特別手がかからない子どもだったからか。
手元に置いて育てられたのは栄助にとって幸か不幸、どちらだったのか。
明治維新が起き、ロシアと清、2つの外国との戦も終わり、世の中は安寧を取り戻す一方、栄助の育った場所は人間の様々な面を見るのに適していた。
きらびやかに着飾る女性。
その女性を金を払って買う男性。
男に媚を売る一方で軽蔑をする女。
女を下に見て優越感に浸る男。
その一方で。
父親がいない栄助のことを可愛がってくれた芸姑。
生きる術を惜しげもなく教えてくれる下働きの男。
孫のように可愛がってくれた飯炊きの女。
共に走り回った同じ境遇の子ども。
最初のコメントを投稿しよう!