10

1/2
前へ
/48ページ
次へ

10

深く深く息を吸う。 そっと音に気付かれないように息を吐く。 あの頃と同じように、息を潜めながら。 「えー、十人寄れば気は十色、と申しますが……」 遠くで誰かが噺をしている声が聞こえる。 影に身を潜めるように小さくなっている栄助の耳に朗々と響く声。 誰の声だろう。 そうだ、師匠の声だ。 栄助はゆっくりと目を開けた。 ※ 望まれて生まれたわけではない。 それは栄助だけでなく、栄助の母親も同じだったのだろう。 誰の子かわからない。墮胎を望むもしぶとく腹の中に居続けた我が子。 仕方なく産んだ我が子を愛せなくても仕方ない。それでも親の顔を知っているだけ幸せなのだろうか。 生まれてみると情が湧いたのか、それとも栄助が特別手がかからない子どもだったからか。 手元に置いて育てられたのは栄助にとって幸か不幸、どちらだったのか。 明治維新が起き、ロシアと清、2つの外国との戦も終わり、世の中は安寧を取り戻す一方、栄助の育った場所は人間の様々な面を見るのに適していた。 きらびやかに着飾る女性。 その女性を金を払って買う男性。 男に媚を売る一方で軽蔑をする女。 女を下に見て優越感に浸る男。 その一方で。 父親がいない栄助のことを可愛がってくれた芸姑。 生きる術を惜しげもなく教えてくれる下働きの男。 孫のように可愛がってくれた飯炊きの女。 共に走り回った同じ境遇の子ども。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加