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5
パチン。
栄助の落語を聞き終えた師匠は、手に持っていた扇子を鳴らす。
顔を見ると、悩んでいるような、怒っているような、それでいて哀れんでいるような。表現するのが難しい顔をしていた。
「栄助」
「へぇ」
「おめぇは……。わかっているのかいねえのか。参ったな」
独り言のように呟くと、師匠は諭すように口を開く。
「栄助」
「へぇ」
「おめぇは儂の最後の弟子だ」
「ありがとうございやす」
「だからよぅ、そんな情けねぇ落語で人前には出せねえんだ。儂の名が、いや、八光亭の名が落ちる。もっというと、八光亭 柳助の名跡が落ちるんだ」
「……」
「おめぇの落語には深みがない。前座や二つ目の時分はそれでもいい。だが、真打になったときに早晩行き詰まる。わかっているんだろう?
おめぇは人と深く関わって来なかった。いや、関わるのを避けてきた。だから噺をしても、特に人情話をした時に響かねえ」
「……へぇ」
師匠の指摘は的確だ。申し開きをする気はない。
自分の落語に深みがないのは、栄助が一番わかっていた。
ぺらっぺらの薄っぺらい落語。なのに、栄助が少しばかり顔がいいからと、きゃーきゃーいう女性たち。
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