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用件だけ済まして帰る予定だったのに。
練習しないと。明日も寄席がある。
気が逸るが、勝はまだ店の片付けをして、タエ子は夕飯を作りに台所だ。
まとわりついてくる義彦を置いてはいけない。
「なんかお話して!」
そうねだってくる義彦に、栄助は仕方なく口を開く。
「えー、人間誰でも怖いものってぇものがあるんでさー。それは何故かってぇと……」
子どもに聞かせる昔話なんか知らない。栄助自身が親に話してもらったことがないからだ。
知っているのは落語だけだ。
栄助は義彦に向けて、いつも寄席で打っている落語を聞かせる。
子ども向けに口調を変えるなんて面倒くさいことはしない。
まだ幼い義彦には分からない言葉ばかりなのに、食い入るように栄助の噺に没頭する。
栄助は目の前のたった一人の小さな客のために噺を続けたのだった。
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