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今日の噺は十八番の噺だったのにも関わらず、受けた気がしなかった。
いつもはキャーキャー言うモガ達も不気味なくらい黙りこくって栄助の噺を聞いていた。
拍手もいつもより少ない。
袖に引っ込んだ栄助は深く深い息を吐いた。
昨日、義彦に噺をしている時の方がよっぽどうまく出来ていた。
「くそっ!」
思わずドンッと壁を叩く。
そんな栄助を見て、誰も話しかけなかった。
※
「栄助さん」
今日の高座のトリをつとめた師匠に挨拶をして、寄席を出たところで声をかけられる。
聞き覚えのある声。だが、こんなところにいるのは予想外だ。
振り向くとそこにタエ子が立っていた。
「お疲れ様でした。番頭さんにお尋ねしたらまだいらっしゃるってことだったので、挨拶だけでも」
「あぁ、ありがとさん」
栄助はタエ子の横にいる女を見やる。
相変わらず勘がいいタエ子は、姉だ、と紹介した。
良子と名乗った姉は、常に割烹着のタエ子と違って良家の御婦人といったキリッとした佇まいだ。
もっともタエ子も今日は小紋の着物を着て精一杯おしゃれはしている。相変わらずや。
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