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それから数日、高座に上がるが納得いく落語は結局できなかった栄助は意を決して和菓子やに訪れた。
「タエ子、ちょっと時間くれや」
いつものように栄助を出迎えたタエ子にそう声をかける。
店が終わるまで待つつもりだったが、客が少ないから、とタエ子が店番から抜けることを許可した勝に感謝をする。
奥の部屋に案内された栄助は、慣れた様子でちゃぶ台の定位置に座る。
決まった席ができるくらい一時はここに通いつめたものだ。今はめっきり足が遠くなっているが。
「ごめんなさい、お茶菓子、これしかなくて。頂き物ですが」
温かい茶と一緒に羊羮を皿に乗せて栄助の前に出す。
いや、と答えて、栄助は一口で羊羮を食べる。
「お好きではなかったですか?」
つくづくこの娘は……。勘づいてほしくないところまで敏感だ。目が見えないものは、皆、勘がいいのだろうか。
隠したところで余計なことを聞かれると面倒くさい。栄助は正直に話すことにした。
「いや……。昔、嫌って程食ったから。飽いている……というより思い出したくねぇことも思いだしちまうから、あまり食わねえようにしてるんだ」
「そうなんですね」
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