1

2/4
前へ
/48ページ
次へ
松栄はあっさり引き下がる。その辺は茶屋の女だ。栄助の心の内を読み取ってうまく割りきってくれる。 栄助についている客の女もこれくらい見事に割りきってくれれば。 心の中でしゃべったつもりだが、声に出ていたようだ。 「素人の女には無理よ。特に栄さんについているお客さんには」 役者さんと同じよ、と松栄は栄助にとって嬉しくない言葉を告げた。 「市川団十郎と一緒。あの娘たちはあなたに本気で恋をしているの。お嫁に行くまでのつかの間の恋」 「なんとまぁ、……迷惑な」 「そりゃあ、栄さんが悪いわ」 不快そうに眉を寄せる栄助に松栄は楽しそうに笑う。 「あの頃の女はね、目が合っただけで自分に気があると思うものよ。それなのに栄さんったら。高座の度にわざわざ彼女たちの方を見るから」 「客を見やるのは当たり前だろってんだ」 「だから栄さんって駄目なのよ」 女将が松栄を呼ぶ声が聞こえる。 ふふふ、と笑って松栄は栄助の元を離れた。 「栄さんも好きな人ができたらわかるわ。大事な娘ができたら」
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加