10人が本棚に入れています
本棚に追加
/48ページ
エピローグ
日付が変わる直前。
誰もいない道を足早に歩く人影。
下町のある家の前に着くと、小さく扉を叩いた。
待っていたのだろう、家人がそっと開いた扉に身を押し込める。
「夕飯食べましたか?」
いつもと変わらぬ口調でタエ子が尋ねた。栄助はあぁともいい、とも聞こえるような曖昧な声で返事をする。
いつものちゃぶ台の前に座ると、握り飯が乗った皿が蚊よけの下に置いてあった。
茶を入れにいっているタエ子に確認するまでもない。栄助はそれを頬張った。
※
「ワシを越えようなんざ100年早いわ」
師匠はカラカラと笑った。兄弟子のお叱りと師匠の圧倒的な存在感。
栄助はただ、頭を下げる。
「ま、栄助らしくていいんじゃねぇか。元気で跳ねっ返りで何より。
ワシの目の黒い内は思う存分しごけるってわけだ」
覚悟しておけよ、と言う師匠の声は優しく栄助の胸に落ちる。
「これからも勉強させていただきます。師匠、兄さん」
「任せときぃ!」
菊助がドンと胸を叩く。
「しかしよう、その面、なんとかならんかったのかい?
頬がコケて目だけランランと輝いて。
一応男前ということで客を引っ張ってるんだからよう、それなりの身なりをしてもらわにゃ、おまんまの食い上げちまう」
師匠のおちゃらけで場が和む。栄助はやっと顔をあげることができた。
最初のコメントを投稿しよう!