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その日は風が吹いていた。
俺の編入を歓迎するかのように穏やかで、しかし生温く全てが心地良い訳では無い、そんな風。
平静を装っていたけれど、もしかしたら自分の気がつかないうちに緊張しているのかもしれない。
俺─水瀬伊織は、友人が在籍しているという名門、太智根子(たちねこ)学園にこの春から編入することが決まった。高校1年生ながら「編入」なんて言葉が使われるのは、この学園が所謂幼小中高一貫で国内随一のエリート校だからである。
偶然にもそんなエリート校に通う生徒の親が、俺の親とかなり長年の付き合いだという。だからと言ってはなんだが、俺の母親が俺に太智根子学園へ編入することを強く勧めてきた。そりゃあ出来れば偏差値の高い所へ進学したいと考えていたから、断る理由もなく。
そして勉強の甲斐あって見事当学園に合格し、特別外部編入生としての登校が許可されることとなったのだった。
登校初日、緊張するなと言われる方が無理がある。だって相手は、金持ちで幼稚園から生活を共にしてきた全校生徒大勢なのだ。庶民でありなおかつ高校からの編入生である俺に入り込む余地など、果たしてあるのだろうか。最悪の展開としては、考えたくもないがいじめられたり、なんて。
……とりあえず、友人と同じクラスであることを願おうではないか。
*
「ねえ伊織くんママ。よかったら其方の伊織くんもぜひ、太智根子学園にいらしたら?」
「え?……まあ、伊織の成績ならエリート校でも合格できるでしょうけど、」
「そうじゃないわよ!…実はね、太智根子学園って────」
「ええっ!!!エスカレーター式!?俺様生徒会長!?腹黒副会長!?……王道学園〜〜〜〜!?!?!?」
「シッ!内密に。……ね、ぜひ編入生として行かせてやってちょうだいよ。お宅の伊織くん、なにしろすんごく顔がいいじゃない?」
「……えぇ、全世界に自慢したいくらいには」
「あれは生徒会メンバーに匹敵する上の上クラスのイケメンだし、、きっと王道展開にいい刺激を与えてくれると思うのよ!!」
「「…交渉成立ね!!」」
水瀬は知らない。
母たちの幸せのために、自身の貞操に危機が訪れていることを。
…………母たちが、そして更には、頼りにしている某友人が─────腐女子/男子だということを。
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