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「さいっあくだ…………」
目の前には、誇らしげにする俺の友人。そしてその友人を呆れた顔で見る傍観者・壱馬。
傍観者くんのおかげで数分前まで俺の気分は有頂天だったというのに、今やマイナス、地下まで気分は下がっていた。それもこれも全て、某友人のせいだ。
なんでこうなったのかというと。
遡ることはや数分前。
時を戻そう。もう古いね。でも俺はまだまだ戻していくよ。松陰寺のように。
*
俺の名前を呼びながら勢いよく飛びついてきた此奴─学園編入前からの友人であり何度も言うが俺の編入のきっかけ─は、四賀悠里。色素が薄く儚い感じの美青年で、身長も小柄、そして華奢。対する俺の身長はというとまあ、どちらかといえば大きな方で筋肉だってついて───っと、悠里といるといつも自分の男度がアップした気がして、すぐ調子に乗り出す俺です。
そんな儚い見た目に反して、意外にも彼はおしゃべりな方だった。人見知りらしく初めて出会った時は何も言葉を発さなかったが、俺が根気強く話しかけた結果なんと一日で懐いた。次の日からはもう俺について回ってである。だから多分、悠里は人懐っこくもある。その結果がこれだ。……いやこれだと俺がついて回ってるみたいになるから違う。でも誘ってきたのは悠里……違ったマイマザーだった。
「…びっくりした、もっと普通に声掛けてこいよ」
「えっへへー、ごめんね?びっくりさせたかったから俺としては大成功」
やった、と両手でピースして破顔する悠里の一人称は「俺」。ギャップ萌えとはこのことだな、と俺は勝手に思っている。えへへなんて言って様になる男は悠里くらいだろう。なにせ顔がかわいいから。許される。
「伊織がここに編入してきてくれて嬉しいよ。……………………ところで隣の子は、」
「ああ、さっき友達なった。壱馬」
「いや知ってるよ!!!!鬼頭壱馬、中学部在学時から問題行動が多く誰かとつるんでる所はほとんど見た事がない王道学園における必要不可欠な一匹狼!!もちろんずうっと目はつけてますとも。今年はそんな一匹狼くんも高校生になって王道展開が訪れるのもそう遠くないと希望を抱いていたところだよ!!!そうじゃなくてなんでそんな鬼頭と伊織さんがもう打ち解けてるの????????早くない?一匹狼の心開かせるの早すぎない???」
「なんだコイツ……きっしょ…」
おい壱馬、心の声漏れてんぞ。
まあでもきしょいね。
悠里は時々おかしくなる。男同士のそういったアレが好きらしく、俺の前でも幾度となく“腐トーク”とやらを披露してきた。
由緒正しいエリート校では流石に己の本性など隠していると思っていたが、どうやらここへ来ても健在らしい。
壱馬のことまで萌え対象にしてんのかよ、引くわ。反応的に初対面だろお前ら。
「さっき俺が教室どこかわかんないときに声掛けて仲良くなっただけだって」
「いやだからそれがすごいんだって伊織。鬼頭壱馬っていえば会話をすれば数日で死ぬって都市伝説があるくらいには誰も仲良くないんだよ???…………進学早々一匹狼×爽やか外部編入生のカップリングが出来上がるだなんて………王道の取り巻きとしか見てなかったけどそこの2人って可能性もあったのか〜〜夢が広がるなぁぁぁあ!!」
「ねえもしかして今俺のこと爽やかって言った?傷抉んないでよ」
「流石伊織!母さんの言ってた通りだよ、期待しててよかった!!!」
「は?」
えっ、今なんて言った???
「母さんに言われたんだよ。伊織くんがうちみたいな王道学園に来れば、萌えの供給間違いなしだって」
「は?なに、王道…?」
「王道学園!伊織にも何度も語ってきたでしょう。ゲイとバイが8割を占めててー。俺様生徒会長に腹黒副会長、チャラ男書記、双子庶務、それから───」
「っいや!それは分かった。分かったけど、……うちが、どうとか…………」
「え?ああ、そう!何を隠そう、ここ太智根子学園は言わずと知れた王道学園なのです!!!!!拍手!!」
ほんとに何言っちゃってんの。王道学園、とやらについては悠里にほんとにくどいくらい読まされたからだいたい頭に入ってる。おいそこ求められて拍手すんな壱馬。クソ野郎が調子に乗る。
「いや〜、実はね。俺がこの学園に幼稚園から通わされる羽目になった理由もここが王道学園ってことにあってね?うちの母さん、腐女子で特に学園モノがだーいすきなの。息子をそんな場所に送り込むくらいにはね。でも小さい頃からBLの宝庫であるこの学園で過ごしてきて、尚且つ母さんからの布教もあればそりゃあ立派な腐男子になっちゃうよね〜!って話!!未だに週1で萌え供給の場を作ってるんだけどこれはいい話のネタになるなぁ……あっ、こないだ母さんが伊織ママに会いに行ってからえらく上機嫌だったから何かと思ってたんだけどさ、伊織ママも腐女子だったんだね!腐トークで盛り上がってるの聞いちゃった」
聞きたくなかった。親に関するこんな話。
だって思いもしないじゃないか。優しくて、私立でも偏差値が高いところに息子を行かせようとしてくれて、息子思いだと思っていたそんな母親が。
腐女子で、息子を自分の趣味のために王道学園に送り出すような、驚くほど性癖に従順な人間だったなんて。
*
そりゃあ、「さいっあくだ」なんて言葉も出るわけだよ。そして冒頭に戻る。
「まあまあまあ元気出しなよ伊織。弱ってる男は狙われるよ」
「黙れ」
「伊織、俺が散々王道学園を布教してきたんだからわかるよね?イケメンは貞操の危機なんだ」
「俺ノンケなんだけど。何も知らずに偏差値だけで選んじゃった可哀想な男なんだけど」
「伊織って生徒会長とかと並んでも劣らないくらい顔がいいんだって、この学園の中でも上ってことね。……貞操を守るために伊織がすべき事、分かる?」
「…………悠里が見せてきた王道学園小説の中で目立ってなかったキャラに似せること、とか」
「さっすが伊織!」
伊達に勉強やってきてませんからね。あ、これは学力関係ない?そっか。じゃあ俺の勘が冴えてるってことで。…………ショックすぎてテンションおかしくなって来た。
「でも伊織は今更作る必要ないか」
「え?」
「だって伊織ってもう爽やかで確立してるじゃん。王道展開に必要不可欠、だけど本編に登場するのはモブと同等程度。顔がいいけど目立たないキャラ。伊織にぴったり」
「………俺、高校でもキャラ作んないといけないの」
そんなこんなで俺、高校でも爽やかキャラを演じていくことが決定しました。死刑宣告かよ。隣の壱馬、もはやついてこられてねーよ。困惑だよ。ごめんな。
というか、悠里に良いように誘導されてるけどこれ、彼が爽やか枠を埋めたかっただけなのでは?
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